/0/22599/coverorgin.jpg?v=12a8bec1d95e216b15806b70948be5e5&imageMogr2/format/webp)
『申し訳ありません。 おかけになった電話は、ただいま通話中です。 しばらく経ってからおかけ直しください……』
蒼南市の市役所、婚姻届の窓口の前。 鉛色のスーツに身を包んだ結城紗良は、背筋を伸ばして立っていた。 その美しく明るい顔立ちは、吹き荒れる秋風の中で氷のように冷たく見えた。
手にした戸籍謄本は、あまりに強く握りしめられ、くしゃくしゃに歪んでいた。
今日、本来なら恋人の相沢蓮司と婚姻届を提出する日だった。
彼女は一日中待ったが、相沢蓮司は姿を現さなかった。
蓮司に約束を破られたのが、これで何度目になるのか、もう覚えていなかった。
彼女は再び蓮司の電話番号にかけたが、受話器から聞こえてくるのは、やはり冷たいシステムのアナウンスだけだった。
紗良がうつむくと、スマートフォンの画面にちょうどニュース速報がポップアップした。
――相沢グループのCEO相沢蓮司が自ら空港へ赴き、帰国した恋人を大々的に出迎えた。 二人は仲睦まじく寄り添い、その愛情の深さがうかがえる。
彼女がニュースをタップすると、一枚の写真が表示された。
写真に写る男は黒いスーツをまとい、長身で気品に満ちている。 横顔だけでも、その優れた顔の輪郭は誰もが魅了されるほどだった。
特に、その眼差しに宿る優しさ。
紗良の口元に、苦い笑みが浮かんだ。
こんなにも優しい相沢蓮司を、彼女は一度も見たことがなかった。
さすがは、蓮司が心から慕い、忘れられないあの女だ。
たった一本の電話で、婚姻届の提出という重要な約束を反故にさせるのだから。
その時、一本のショートメッセージが届いた。
「ネットの記事、見たわよね? 空気が読めるなら、さっさと蓮司から離れたら?」
差出人の表示名は、 白石凛子。 まさに、
蓮司が心に忘れられないあの女だった。
紗良が画面を数回スクロールすると、数日前に凛子から送られてきた妊娠検査報告書が目に入った。
報告書には、妊娠8週以上と記されている。
母親の欄には、白石凛子の名前。
そして父親の欄には、相沢蓮司の名前があった。
この検査報告書を見た時、彼女は少しも驚かなかった。
蓮司は毎年、ほぼ半分の時間を凛子のいるフランベル国で過ごしている。
これだけ長い年月が経って、もし凛子が妊娠していなかったら、逆に蓮司の身体機能に問題があるのではないかと疑っただろう。
彼女は別れを切り出さず、結婚を提案した。
おそらく、ただ未練があったからだろう。
彼女が十八歳の時、大学の門前で初めて蓮司に会った瞬間から、どうしようもなく彼に恋をしてしまった。
誰もが、蓮司は相沢グループの跡取りであり、手の届かない高嶺の花だから、軽々しく近づくべきではないと言った。
しかし、彼女はそれを信じず、情熱のままに、何もかも顧みずに蓮司へと突き進んだ。
蓮司を追いかけて三年目、彼女はついに成功した。
だが、彼女は喜べなかった。
なぜなら、告白が成功した次の瞬間、蓮司に凛子からの電話がかかってきたからだ。
そして、彼は彼女を一人、寒風の中に置き去りにした。
その時から、彼女は蓮司の心に忘れられない女がいることを知った。
紗良は息を吐き、再びスマートフォンの通話機能を開いた。
ただし、 今度は蓮司にかけるのではなく……
自分の実家にかけるためだった。
電話はすぐに繋がり、相手の女が話すのを待たずに、紗良は淡々とした口調で切り出した。 「家族が決めた政略結婚、同意します」
電話の向こうにいるのは、紗良の母である三浦真由だった。 娘がついに考えを変えたことに、彼女は非常に驚いた。 「ついに観念したの?」
紗良は少しもためらわずに答えた。 「ええ」
母親の真由が尋ねた。 「いつ帰ってくるの?」
「20日」
そう言うと、紗良は電話を切り、車に乗り込んで家路を急いだ。
道中、彼女は胸の痛みが広がるに任せた。
どうせ、これが最後なのだから。
家に着くと、紗良は疲れ果てていた。 シャワーを浴びると、そのままベッドに横になった。
本当は、すぐにでもここを離れることはできる。
だが、この七年間、彼女と蓮司は生活面でも社交界でもあまりにも深く関わりすぎていた。
あと半月。 彼女は急いで全てを整理し、蓮司との関係に完全に終止符を打たなければならない。
深夜。
眠りについていた紗良は、隣のベッドが沈み込むのを感じた。 そして、冷たい腕に抱きしめられた。
彼女は不快そうに眉をひそめた。 耳元で、男の低く魅力的な声が響く。 「すまない」
暗闇の中、紗良は目を閉じたまま、長いまつ毛をわずかに震わせた。 男は続けた。
「明日の朝一番で、婚姻届を出しに行こう。 いいか?」
次の瞬間。
ベッドサイドのスマートフォンの画面が光った。
冷たい腕はすぐに離れ、続いて、蓮司が別の誰かを優しくなだめる声が聞こえてきた。 「泣くな。 すぐに行くから……」
紗良は背後で男が服を着る音を聞きながら、暗闇の中で声もなく笑った。
そして、彼女はベッドサイドのランプをつけ、ドアに向かって歩き出した蓮司に言った。 「蓮司、行かないで……」
/0/23916/coverorgin.jpg?v=a01bd8db17675f8aa741659d2a73ea56&imageMogr2/format/webp)
/0/21949/coverorgin.jpg?v=236487cb572e5a1426477900eb3cd7d2&imageMogr2/format/webp)
/0/2624/coverorgin.jpg?v=e5257646014df04ed79c5ab76547d678&imageMogr2/format/webp)
/0/20258/coverorgin.jpg?v=1d178c1579f1a49dd19532b4f48a773c&imageMogr2/format/webp)
/0/22424/coverorgin.jpg?v=6679a8262e2835b66f0f41f9fd87428c&imageMogr2/format/webp)
/0/19221/coverorgin.jpg?v=1d5cb0078bd2cba9bb9bd183cc3c7440&imageMogr2/format/webp)