火の海に包まれた妹から, 必死の助けを求める電話がかかってきた. 私は冷たく言い放った. 「また莉結をいじめるための狂言か? お前なんか, 死ねばいい」 そうして通話を切り, 私は実の妹を見殺しにした. 数時間後, ハイパーレスキュー隊長の私は, 身元不明の焼死体を前にしていた. 「自業自得だ」と被害者を嘲笑いながら, 私は犯人である婚約者の莉結を愛おしげに抱き寄せていた. 目の前の黒焦げの遺体が, 私の言葉に絶望して息絶えた妹だとも知らずに. だが, 遺体の手首に残るヘアゴムを見た瞬間, 私の心臓は凍りついた. それは昔, 私が妹に贈った安物だった. 震える手で, 現場に落ちていた携帯に妹の誕生日を入力する. ロックが解除された画面には, 私に向けた笑顔が映っていた. 「嘘だ... 嘘だと言ってくれ, 奈津穂! 」 英雄と呼ばれた私はその日, 最愛の妹を殺した殺人者へと堕ちた.
火の海に包まれた妹から, 必死の助けを求める電話がかかってきた.
私は冷たく言い放った.
「また莉結をいじめるための狂言か? お前なんか, 死ねばいい」
そうして通話を切り, 私は実の妹を見殺しにした.
数時間後, ハイパーレスキュー隊長の私は, 身元不明の焼死体を前にしていた.
「自業自得だ」と被害者を嘲笑いながら, 私は犯人である婚約者の莉結を愛おしげに抱き寄せていた.
目の前の黒焦げの遺体が, 私の言葉に絶望して息絶えた妹だとも知らずに.
だが, 遺体の手首に残るヘアゴムを見た瞬間, 私の心臓は凍りついた.
それは昔, 私が妹に贈った安物だった.
震える手で, 現場に落ちていた携帯に妹の誕生日を入力する.
ロックが解除された画面には, 私に向けた笑顔が映っていた.
「嘘だ... 嘘だと言ってくれ, 奈津穂! 」
英雄と呼ばれた私はその日, 最愛の妹を殺した殺人者へと堕ちた.
第1章
助けて, お兄ちゃん.
私は電話越しに必死で叫んだ. 炎が私を包み込み, 熱波が肺を灼いた. 息ができない. でも, この声だけはお兄ちゃんに届いてほしかった. 私の命綱は, この携帯電話だけだった.
「また莉結をいじめるための狂言か? 」
お兄ちゃんの声は冷たかった. 氷のように私を突き刺した. 喉が詰まる.
「嘘つきの放火魔が」
一言一言が, 私の傷口に塩を塗る.
「お前なんか, 死ねばいい」
その言葉は, 炎よりも私を焼き尽くした.
プツッ, と通話が切れる音がした. 鼓膜が破れるかと思うほど, 耳の中で響いた.
彼は切った.
お兄ちゃんは, 私を見捨てた.
私の最後の希望が, 音を立てて砕け散った. 携帯電話が熱で溶け, 手から滑り落ちる. 視界が真っ赤に染まり, 全身が燃え盛る痛みで麻痺していく. 意識が遠のく.
ああ, これが, 私を愛さない唯一の人からの, 最後の言葉.
私は, もう, 疲れた.
もう, 頑張らなくてもいいんだ.
そう思った瞬間, 背中の火傷痕が熱く, そして冷たくなった. 幼い頃, お兄ちゃんを庇った時の火傷. あの時と同じ, いや, それ以上の痛みが全身を駆け巡った.
私の目から, 熱いものが溢れ落ちた. 涙なのか, 汗なのか, もうわからない.
でも, この涙は, お兄ちゃんに届くことはない.
私にはもう, 未来がない.
体が, 地面に崩れ落ちた.
視界が暗転する.
意識が, 完全に途絶えた.
どうして...
私は自分の体から離れ, 宙に浮いていた. 燃え盛る廃ビル. 焦げ付く匂い. そして, 地面に横たわる, 私の体.
信じられない光景だった.
私は死んだ.
私は, 本当に死んでしまったんだ.
数時間後, サイレンの音が響き渡り, 消防車と救急車が廃ビルを取り囲んだ. ハイパーレスキュー隊員たちが手際よく現場に入っていく. 彼らの動きは迅速で, 迷いがない.
彼らが, あの, お兄ちゃんの精鋭部隊.
私は無意識に, お兄ちゃんの姿を探した. あの制服を着て, 指示を出す彼の姿を.
そして, 見つけた.
遠くからでもわかる, 彼の凛とした立ち姿. 市民の英雄, 安斎陸翔.
彼は, 私の遺体を見つけるために, ここにいる.
皮肉なことだ.
隊員たちが私を運び出す. 焦げ付いた毛布に包まれた, 身元不明の焼死体.
「隊長! 焼死体を発見しました! 女性です! 」
隊員の一人が, お兄ちゃんに報告した. お兄ちゃんは一瞬, その遺体に視線を向けたが, すぐに別の場所に指示を出した. 彼の目は, まるで感情のない機械のようだった.
彼は, それが妹である私だとは, 夢にも思っていない.
私の魂は, 軋むような痛みに襲われた. 助けてほしかった. ただ, 一度でいいから, 信じてほしかった.
しかし, もう, 何もかもが手遅れだ.
翌日, ニュース速報が流れた. 廃ビル火災で身元不明の女性が焼死体で発見されたと. 社会は騒然とし, 警察と消防庁は合同捜査本部を設置した.
「安斎隊長, 今回の事件はハイパーレスキュー隊と合同で捜査を進めることになった. 特に, 遺体の身元特定と火災原因の究明が急務だ」
上司の森永警部が, お兄ちゃんに命令を下した. 彼の顔は疲労でやつれていた.
「身元不明の遺体は, まだ特定されていませんか? 」
お兄ちゃんは冷静に尋ねた. 感情の揺らぎは一切ない.
「ああ. 焼損がひどく, 身元を特定できる手がかりが少ない. だが, 遺体は君の部隊が運び出したものだ. 君も捜査に加わってくれれば, 何か見つかるかもしれない」
森永警部は, お兄ちゃんに深く頭を下げた.
お兄ちゃんは無言で頷いた. 彼の表情は依然として冷酷だった.
私は, お兄ちゃんの隣に浮遊していた. 彼が, 私の事件を捜査する. 私の, 死を. 私の魂は, 彼に対する深い悲しみと, 理解しがたい安堵感に包まれた.
お兄ちゃん…ごめんなさい. 私が, あなたにこんな苦しい役目を負わせてしまうなんて.
私の体は, 彼の指示で警察署の遺体安置室へと運ばれた. 白く冷たいシートに覆われた私を, お兄ちゃんはこれから, 調べることになる.
この冷たい空間で, 私は少し震えた. 魂に, 寒さを感じるなんて, 初めてだった.
お兄ちゃんが遺体安置室のドアを開けて入ってきた. 彼の顔には, 疲労の色が濃く出ていたが, その目は鋭く, プロの鑑識官としての表情をしていた.
「遺体の状況を詳しく聞かせろ」
彼は, 担当の鑑識員に指示した. その声は低く, 感情を感じさせない.
「はい, 隊長. 遺体は女性で, 焼損が激しいですが, いくつかの特徴が見られます」
鑑識員は, 手元の資料を読み上げた.
「まず, 全身の約80%に重度の火傷が確認されます. 特に背中と右腕の焼損がひどく, 皮膚組織の炭化が進んでいます」
お兄ちゃんの眉間に, わずかに皺が寄った.
「火傷以外に, 何か痕跡は? 」
「はい. 遺体の手首と足首には, 索状痕 (さくじょうこん) が残っていました. 縛られた跡と見て間違いないでしょう」
鑑識員の言葉に, お兄ちゃんの表情がわずかに引き締まった. 私の魂は, 恐怖で震えた.
私を縛ったあの縄の跡が, まだ残っているなんて.
「索状痕…つまり, 生前に拘束されていた可能性が高いと? 」
お兄ちゃんの声が, わずかに低くなった.
「その可能性が非常に高いです. さらに, 遺体の口には粘着テープが貼られていた痕跡があり, おそらく窒息死を防ぐためのものでしょう」
鑑識員は続けた.
「口を塞がれていた... 」
お兄ちゃんの表情が, 初めて怒りに染まった.
そう, 莉結は私に, 私の声がお兄ちゃんに届かないように, テープを貼った.
「また, 体内からは, 大量の睡眠導入剤が検出されました. 抵抗できないように, 強制的に飲まされたものと思われます」
「くそっ! 」
お兄ちゃんは拳を握りしめ, 壁を叩いた. 彼が, 見知らぬ被害者のために, ここまで感情を露わにするなんて.
「生きたまま, 拘束され, 薬を飲まされ, 口を塞がれ, そして焼かれたと? 」
お兄ちゃんの声は, 怒りで震えていた.
「はい. その可能性が極めて高いです. これは, 非常に残忍な事件です」
鑑識員は, 言葉を選びながら言った.
「こんなひどいことをする犯人がいるとは…」
鑑識員の補助をしている若い女性が, 顔を青くして呟いた.
「必ず捕まえてやる. どんな手を使ってでも, 犯人を地獄に叩き落としてやる」
お兄ちゃんの目が, 憎悪に燃えていた. その言葉は, 私に向けられたものではない. しかし, 私の魂には, 彼が私を信じてくれなかったことが, 深く深く刻み込まれていた.
「隊長. 一つ, 奇妙な点が…」
鑑識員が, 声を潜めて言った.
「何だ? 」
「遺体の気道から, 煤と共に, 小さな金属片が発見されました. 高級ライターの一部かと…」
お兄ちゃんの顔色が, 一瞬にして変わった.
ライター? まさか…
私の魂は, 嫌な予感に襲われた.
「ライターだと? それは…」
お兄ちゃんの声が, 震えていた.
「はい. 特徴的な模様があり, もしかしたら…」
「それ以上言うな! 」
お兄ちゃんは, 鑑識員の言葉を遮った. そして, 深く息を吐き出した.
「とにかく, 徹底的に調べろ. どんな微細な手がかりも見逃すな」
彼の目は, 何かを必死に否定しようとしているようだった.
「はい」
鑑識員は, すぐに作業に戻った.
「隊長, 何か気になることが? 」
隣にいた森永警部が尋ねた.
「いや, 何でもない. だが, この遺体には…何かが隠されている気がする」
お兄ちゃんは, 私の遺体から目を離さなかった. その視線は, まるで魂を抜き取られたかのような虚ろさだった.
お兄ちゃん, お願い. 気づいて. 私だよ.
私の魂は, 彼のすぐ隣で, 必死に叫んだ. しかし, その声は, 彼には届かない.
「それよりも, 隊長. 君の妹さん, 奈津穂さんのことなんだが…」
森永警部が, お兄ちゃんに話しかけた.
「奈津穂? あいつがどうした? 」
お兄ちゃんの声には, 明確な不快感が混じっていた. 私の魂は, またしても冷たい水でも浴びせられたような気持ちになった.
「いや, 奈津穂さんも救急救命士になったと聞いたが…最近, 連絡は取れているのか? 」
森永警部は, 心配そうに尋ねた.
「あの嘘つきなら, どうでもいい」
お兄ちゃんの言葉は, 私を深く深く突き刺した.
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