五年もの間、私は「頭領の番」だった。けれど夫である大和がその愛情を注いだのは、ただ一人の女だけ。
盛大な会のパーティーで、私たちの脆い見せかけの夫婦関係は崩れ落ちた。巨大なクリスタルのシャンデリアが天井から引きちぎれ、私たち三人の頭上へと落下してきたのだ。
恐怖に凍りつく一瞬、大和は選択をした。
彼は私を乱暴に突き飛ばした。安全な場所へではない。砕け散る破片が降り注ぐ、その真っ只中へ。彼は自らの体を盾にした。けれどそれは、愛人である玲奈だけを守るためのものだった。
医務室で目覚めた私の体はボロボロで、内なる狼との繋がりは一生癒えないほどの傷を負っていた。ようやく彼が見舞いに来た時、その顔に後悔の色はなかった。彼はベッドに横たわる私を見下ろし、究極の裏切りを口にした。神聖な絆を無慈悲に引き裂く、「離縁の儀」を執り行ったのだ。
魂が引き裂かれるほどの苦痛に、私の心臓は止まった。
心電図のモニターが一本の直線を描く中、会の医師が血相を変えて飛び込んできた。彼は命のない私と、大和の冷酷な顔を交互に見て、恐怖に目を見開いた。
「なんてことをしたんですか!」彼は絶叫した。「月女神様にかけて…!彼女は、あなたの跡継ぎを身籠っているんですよ!」
第1章
ローズマリーと、じっくり火を通した骨付きラム肉の香り。私たちの小さな家を暖かな空気で満たすはずだったその匂いは、私が神聖なものだと信じていた五年間の絆の証となるはずだった。
なのに、部屋の空気は薄く、冷え切っている。どんな香りも、待つことの沈黙に飲み込まれてしまった。
私はシンプルなリネンのワンピースの皺を、もう十回も指で伸ばした。肌に触れる柔らかく着慣れた生地は、そのすぐ下で波打つ神経質な昂ぶりとは対照的だ。
テーブルの真ん中に置かれた細い花瓶の一輪の白い薔薇を整える指が、微かに震える。完璧な、ただ一輪の花。まるで今の私みたい。
*彼なら、これを見てくれるはず。*
私は自分に言い聞かせた。それはもう何度も繰り返してきた、絶望的な祈り。
*この努力を、この愛を見て、きっと昔を思い出してくれる。*
でも、この一年で疲れ果て、賢くなってしまった私の一部は、そんなことはないと知っていた。それは愚かな希望。私が抱きしめようとし続けている、ただの幻。
ホールの大きな古時計が九時を、そして十時を告げた。ラム肉は冷め、グレービーソースは固まっていく。灯した一本の蝋燭の炎が揺らめき、まるで私の孤独そのものが亡霊になったかのような、長い影を踊らせた。
いつもは心の奥で丸まって安らぎを与えてくれる私の狼が、落ち着きなくクンクンと鳴いている。私の苦痛を感じ取っているのだ。彼女も私と同じくらい、番である彼の不在を痛切に感じていた。
ようやく玄関のドアが、十一時半に開いた。その音はあまりに唐突で、私が守ってきた静かな夜を乱暴に壊すようだった。
翠明会の頭領であり、私の番である大和が中へ入ってくる。その瞬間、私がしがみついていた脆い希望は、ガラス細工のように粉々に砕け散った。
彼はテーブルに目を向けなかった。私を見ることもなかった。嵐の海のような色の瞳は、どこか遠くを見ている。高価なレザージャケットの下の力強い肩はこわばり、顎は硬く、非情な一線を描いていた。
でも、何よりも先に私を打ちのめしたのは、匂いだった。肺から空気を奪う、物理的な一撃。それは第二の皮膚のように彼にまとわりついていた。雨に洗われた土の匂い、野心的な野性の匂い、そして、玲奈の、甘ったるくて鼻につく香水の匂い。
私の心臓が、愚かで頑固な臓器が、胸の中で固く締め付けられた。
*またなの。お願い、今夜だけはやめて。*
「遅かったのね」
私が発した声は、自分でも驚くほど小さかった。耳の中で轟く失望の音にかき消されそうな、ただの囁き。
彼はようやく私に目を向けた。その視線は、丁寧に準備されたテーブル、手つかずの食事、そしてたった一輪の希望の薔薇をなぞるように動いた。そこには温かみも、謝罪の言葉もない。ただ、私の存在そのものが背負わされた重荷であるかのような、深く、骨の髄まで染みるような疲労感だけがあった。
「仕事が長引いたんだ、詩織」
彼の声は荒々しく、苛立っていた。彼はジャケットを脱ぎ捨て、椅子の上に無造作に放り投げる。その無頓着さが、全てを物語っていた。玲奈の香りが一層強くなり、私たちの家を満たし、全てを汚していく。
「あなたの好物を作ったの」私はもう一度試みた。悲しく冷めていくディナーを指差しながら。「私たちの、記念日だから」
彼の顎の筋肉がぴくりと動いた。彼は苛立ちを隠しもせず、黒髪を手でかき上げた。
「お前のそういう感傷的なところは、正直うんざりするんだ。義務だからって、いちいち付き合ってられるか」
一つ一つの言葉が、狙いすました矢のように飛んできて、全て私の心に突き刺さった。*うんざり。義務。付き合う。*
彼は私の愛を贈り物としてではなく、面倒な雑用として見ていた。私が何時間もかけて準備した食事も、一日中大切に育んできた思い出も、彼にとってはただの時間の無駄遣い。頭領としての彼の壮大な人生における、ただの邪魔者でしかなかった。
私の内なる狼が、私の魂の痛みに共鳴するように、低く、傷ついた声でクンと鳴いた。私は唇を固く結び、涙がこぼれるのを必死でこらえた。泣けば、彼をさらに苛立たせるだけだから。
彼は私を通り過ぎてキッチンへ向かう。その体重で床板が軋んだ。冷蔵庫が開き、瓶がカチリと鳴る音が聞こえる。彼はビールを一本持って戻ってくると、手首のスナップだけで王冠をひねり開けた。
彼は長い一口を飲み干す。喉が動き、その目は私の肩越しの一点をじっと見つめていた。まるで私が、すでに壁紙に溶け込んで消えてしまったかのように。
「会の幹部会が長引いてな」
彼はそう言った。それは形ばかりの、空虚な言い訳。嘘だとわかっていた。彼の全身から、真実の匂いがしたから。
*聞いてしまいなさいよ。*
自己破壊的な小さな私が、そう囁いた。
*対決するのよ。この地獄を終わらせて。*
でも、できなかった。私は臆病者だった。この悪夢を現実に変えてしまう言葉を聞くのが、怖くてたまらなかった。
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