「森田柊音、雫怜はこの数年、森田家のためにどれだけの名誉をもたらしたか分かっているのか?それに比べて、家の長女であるお前は何の役にも立たないばかりか、トラブルばかり引き起こしている」
「それに、雫怜はお前の命を救ったこともあるだろう。今こそその恩を返す時だ!」
「俺は雫怜を選ぶ。雫怜を解放しろ。森田柊音のことは……好きにすればいい」
「俺も雫怜だ!」
「俺も……」
郊外の廃工場の中。手足を縛られ、抵抗すらできない森田柊音は、三人の兄たちがそれぞれに森田雫怜を選ぶのを、ただ絶望のなかで聞いていた。
最後に望みを託したのは――幼い頃から共に育ち、十年以上想い続けてきた婚約者、安藤優真だった。
すぐ目の前、ひとりの英明で端正な男が、整ったスーツ姿のまま交渉テーブルにどっしりと腰を下ろしていた。
その男と目が合った瞬間、森田柊音は助けを乞うようなまなざしを向けた。だが、男の薄い唇がわずかに動いただけで、彼の表情には一片の感情も浮かばなかった。
「俺が欲しいのは雫怜だけだ。もし雫怜の髪の毛一本でも傷つけてみろ、お前たちを絶対に許さない。……それ以外の女?好きにしろ。俺には関係ない」
冷たい。あまりにも冷酷で、あまりにも無情。
――この人が、自分が十数年も愛し続けてきた人間なのか?
あのとき、重い病に倒れ、何度も死亡宣告を受けた彼を救うために、命を削ってまで献血し続けた――それが、森田柊音が心から愛した人だったのに。
答えなんて、もうとっくに分かっていた。それでも、実際にその男の口から、あまりにも冷たく、何のためらいもなく見捨てられた瞬間――柊音の胸は、ぎゅうっと締めつけられた。
痛い。
胸が、岩で押し潰されるように痛む。
ひとことですら返す力が、もう残っていなかった。