母の埋葬が終わったばかりだというのに, 夫の初恋の相手が家に乗り込んできた. 彼女は私と瓜二つの顔で, 夫の腕に抱かれながら, 私にこう告げた. 「今日から私がここに住むから, 荷物をまとめて出て行って」
夫は私たちが使っていた寝室を彼女に明け渡し, 私を冷たく見下ろした. 彼の妹は勝ち誇ったように笑い, 私を邪魔者扱いする.
私の誕生日, 夫はそれを忘れ, 初恋の相手の誕生日ケーキを間違えて注文していた. さらに, 妹と初恋の相手は, 私が彼女に毒を盛ったと濡れ衣を着せる.
信じられないことに, 夫はその嘘を信じ, 罰として私に無理やり薬を飲ませたのだ.
「あなた, 私が邪魔者であるかのように」
なぜ, 私がここまでされなければならないの?
心身ともに限界を迎えた私は, この家から, そして彼らの人生から, 完全に姿を消すことを決意した.
第1章
「母の埋葬が終わったばかりだというのに, こんな電話をかけるのはどうかと思うけど, もし良かったら, 私の家にいらっしゃい. ここなら, 誰もあなたを傷つけないから」
電話の向こうから聞こえる声は, 柔らかく, それでいて力強かった.
私, 松原直実は, その言葉に微かに胸の奥が揺れるのを感じた.
母が亡くなって以来, 私の心は鉛のように重く, どこにも安らぎを見いだせずにいた.
「ありがとうございます…でも」
私は言葉を濁した.
何に躊躇しているのか, 自分でもよく分からなかった.
ただ, 今の私には, どこへ行く気力も残っていなかった.
「もう十分苦しんだでしょう. 新たな人生を始めるには, 環境を変えるのが一番よ. あなたの才能を, このまま埋もれさせてはいけない」
彼女の言葉は, まるで長年の友人のように, 私の心を深く見透かしているかのようだった.
私は, もう一度, 深く考え込んだ.
本当に, このままではいけないのかもしれない.
この閉塞感に満ちた生活から, 抜け出したい.
「…行きます」
私の声は, 震えていた.
「あら, それは嬉しいわ. 夫も大喜びするでしょう. ところで, あなたの結婚生活は順調なの? 彼とは, もう会ってないんでしょう? 」
彼女の優しい問いかけに, 私の心は一瞬にして冷え切った.
「ええ, もう会っていません. そして, もうすぐ離婚する予定です」
私の声は, 驚くほど冷静だった.
電話の向こうで, 彼女は少し驚いたようだったが, すぐに気を取り直した.
「そう…残念だけど, それがあなたの選んだ道なら, 私も応援するわ. 新しい人生を, 心から楽しんでほしい」
電話を切ろうとしたその時, 玄関のドアが開く音が, 静まり返った家に響き渡った.
私の体が, 反射的に硬直する.
彼は, 帰ってきたのだ.
私は, 電話を切ると, いつも通り彼を出迎えるために玄関に向かった.
しかし, 私の足は, いつもよりも重かった.
「お帰りなさい」
私の声は, 感情のこもらない, 機械的なものだった.
彼の視線は, 私を通り過ぎ, まるでそこに私が存在しないかのように, 冷たいものだった.
「お兄様! 」
彼の妹の声が, 甲高く響き渡った.
「今日は, とっておきのサプライズがあるのよ! 」
彼女は, 私の隣に立ち, 勝ち誇ったような笑みを浮かべて, 私をちらりと見た.
その表情は, 「あなたには関係ない」とでも言いたげだった.
私は, 何のことか分からなかった.
サプライズ? 一体, 誰のための?
「サプライズって, 一体何のことかしら? 」
私は, 平静を装って尋ねた.
「ふふ, もうすぐ分かるわ. とびきりのサプライズよ. あなたが二度と, 私たち家族の前に現れなくなるような, 最高のサプライズ」
彼女の言葉は, 私を深く突き刺した.
まるで, 私が邪魔者であるかのように.
「二度と現れなくなる…? 」
私の心臓が, ドクンと音を立てた.
その言葉の意味を, 私は理解しようと努めた.
まさか, 私を追い出すつもりなのだろうか?
そんなことを, 彼は許すのだろうか?
「見てなさいよ. もうすぐ, あの人が来るから. あなたなんかとは, 比べ物にならないくらい素敵な人が」
彼女は, 私を睨みつけ, さらに挑発的な言葉を吐き出した.
その「あの人」という言葉が, 私の脳裏に嫌な予感を呼び起こした.
そして, その予感は, すぐに現実のものとなる.
玄関のドアが, 再び開いた.
そこに立っていたのは, 彼と, 彼の腕に抱きつく一人の女性だった.
女性の手には, 私の身長ほどもある巨大な花束が抱えられていた.
その後ろには, 数人の使用人が, 大量のスーツケースを運んでいる.
「航佑, 遅かったじゃない」
女性は, 彼に甘えるように話しかけた.
私は, その光景を呆然と見つめた.
花束.
そういえば, 彼から花束をもらったことなど, 一度もなかった.
結婚記念日にも, 誕生日にも, バレンタインデーにも.
私がもらったのは, ただ冷たい言葉と, 義務的な眼差しだけだった.
「…ここにいるのは, お前か」
彼は, 私を一瞥すると, 冷たい声で言った.
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