
結婚7周年記念日の夜, 夫に妊娠を告げようと用意したケーキは, 手つかずのままゴミ箱行きとなった.
「仕事で帰れない」という夫のメッセージの直後, 彼の自称「ソウルメイト」である桃子のSNSに, ホテルのスイートルームで二人が祝杯をあげる写真が投稿されたからだ.
「最高の誕生日プレゼントをありがとう! 」
その投稿を見た瞬間, 激しい腹痛と共に, 私の足元に鮮血が広がった.
不妊治療の末にやっと授かった小さな命は, 夫の裏切りによるショックで, 音もなく消え去ってしまった.
薄れゆく意識の中で助けを求めたのは, 夫ではなく, 隣人の浦田恭佑さんだった.
後から病院に来た夫は, あろうことか「桃子に嫉妬するな」と私を責め立て, 流産した私を置いて再び女の元へ戻ろうとした.
8年間, 私のキャリアを犠牲にして支えた彼の夢も, 夫婦の絆も, 彼にとっては「芸術を理解しない妻」の戯言でしかなかったのだ.
愛は, 一瞬にして氷のような憎悪へと変わった.
私は涙を拭い, 恭佑さんの差し伸べた手を取った.
「離婚しましょう. そして, あなたたちの社会的地位も, 名声も, 全て私が奪い取ってあげる」
これは, 全てを失った妻がエリート社長と共に, 不倫夫と盗作女を地獄の底へ叩き落とす, 痛快な復讐劇だ.
第1章
片瀬結実 POV:
彼のメッセージがスマホの画面に表示された瞬間, 部屋の空気が一瞬で氷点下に達したように感じた.
「今日は何の日? 」と, 短く, そして絵文字もないメッセージ.
私の指は, 丁寧に飾り付けられたテーブルの上の料理とケーキの写真を添付した返信を送る直前で止まった.
期待と不安が混じり合った奇妙な感情が, 胃の奥で渦巻く.
結局, 返信は送った.
すぐに彼からのメッセージが届いた.
「ごめん, 今日は大事な打ち合わせがある. 帰れない. 」
私の心臓は, まるで硬い地面に叩きつけられた卵のように, ひび割れる音がした.
「本当に, 今日が何の日か, 思い出せないの? 」と, 震える指で打った.
数秒の沈黙.
そして, 冷たい返信. 「ああ, 結実, 君はいつもそうやって芸術家の感性を理解しようとしないな. そういうのは古いんだ. 」
私は, 乾いた笑いを漏らした.
喉の奥から, 苦いものがこみ上げてくる.
テーブルの上に並べた彼の好きな料理. 7周年記念日のために焼いた, 少し焦げ付いた手作りのケーキ.
それら全てが, 私の視界から消え去るまで, 私はただ, そこに立ち尽くしていた.
夕飯は, 一人で食べる.
彼が帰ってこないと分かった瞬間, 私は手のひらで顔を覆った.
私の頬を流れるのは, 涙なのか, それともこの絶望感そのものを形にしたものだったのか, 区別がつかなかった.
記念日を忘れられるのは, もう何回目だろう.
最初は怒り, 次に悲しみ, そして今は, 何も感じない.
ただ, 彼の心の中で私がどれほど取るに足らない存在であるかを, 改めて突きつけられただけだ.
テーブルの上の料理を, 一つずつゴミ箱に捨てていく.
作ったときの喜びが, 一瞬で虚無へと変わる.
ケーキだけは, ゴミ箱に入れることができなかった.
それは, 私の希望の象徴だったからだ.
彼の建築家としての夢を支えるために, 私は自分のライターとしてのキャリアを二の次にしてきた.
フリーランスの仕事をこなし, 家計を支え, 彼の作品のためならどんな苦労もいとわなかった.
「君は芸術が分からない」と見下されても, 「ソウルメイト」と称する星川桃子という女性に入れ込んでいることを知っても, 私は耐えてきた.
全ては, 彼を信じ, 私たちが築いてきた家族を信じていたからだ.
しかし, その信頼は, 砂のように手のひらからこぼれ落ちていく.
数時間後, 私は桃子のSNSを覗いていた.
そこには, 彼と桃子が高級ホテルのスイートルームでシャンパンを片手に微笑む写真がアップされていた.
キャプションには, 「ソウルメイトとのインスピレーションの夜. 最高のバースデープレゼントをありがとう, 勝弘さん! 」と書かれていた.
彼の心は, もう完全に別の場所にあるのだと, 改めて突きつけられた.
私の心臓は, まるでガラスのように砕け散った.
彼が桃子に贈ったバースデープレゼント.
そして, 私には「今日が何の日? 」だ.
その瞬間, 私の手は震え, もう一つの検査結果報告書をそっとテーブルの下に隠した.
不妊治療の末, やっと授かった命.
検査薬の二本線を見たときの, あの震えるような喜び.
彼に, この奇跡を伝えようと, 今日一日, ずっと準備してきたのに.
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