
三年間、私は毒に侵され、死の淵を彷徨っていた。唯一の希望は、一服分の解毒薬「月華の霊薬」。夫である首領、城島譲は献身的な伴侶を演じ続け、私は彼が必ず私を救ってくれると信じきっていた。
しかし、薄れゆく運命の絆を通して、私は彼が群れの癒し手に下した秘密の命令を耳にしてしまった。
「月華の霊薬は、江良玲奈の母親に与えろ」
その理由が、私の世界を粉々に砕いた。「玲奈が俺に息子を産んでくれた。健康で、強い息子を」。彼には秘密の家族がいたのだ。過去三年間、彼の愛情に満ちた看病はすべて嘘だった。彼はただ、私が死ぬのを待っていただけだった。
彼は私に、彼らの食べ残しのスープを「病気の雌狼」と呼びながら差し出し、私の両親が遺した神聖な家を、愛人とその子供で穢した。群れには解毒薬が盗まれたと説明し、私の死を自らの利益のための悲劇に仕立て上げるつもりだったのだ。
彼は私を、弱く、死にゆく狼だと思っていた。自分がどんな嵐を呼び覚ましたのか、彼は知る由もなかった。
その夜、私は最後の力を振り絞り、私たちの運命の絆を断ち切った。痛みは身を引き裂かれるようだったが、私は嘘で塗り固められたあの家から歩き出し、結婚指輪だけを置いてきた。私は死なない。彼の世界が燃え尽きるのを見届けるまで、生き抜いてみせる。
第1章
KAZUKI POV:
三年間、「狼殺しの毒」が私の血の中をゆっくりと、冷たく巡っていた。それは私の内なる狼を眠らせ、意識の奥でか細く鳴くだけの亡霊へと変え、私の体をこのベッドに縫い付けていた。しかし今日、希望の光が差した。唯一の解毒薬として知られる月華の花が、ついに完璧な一輪を咲かせたのだ。群れの癒し手は、日暮れまでには霊薬が完成すると言った。
希望とは、脆く、慣れないものだった。
私は浅い呼吸を繰り返しながら横たわり、毒が断ち切ることのできない唯一の繋がり、運命の絆に意識を集中させた。それは私と夫、首領である城島譲とを結ぶ、微かで、擦り切れた糸。いつもは安らぎの源だった。だが今日は、私を破滅へと導く管となった。
思念感応は、群れの仲間全員が共有する、言葉なくして意思を疎通させる手段だ。しかし、運命の番同士のそれは、神聖で、二人だけの特別な繋がりであるはずだった。譲との絆は弱まっていたが、時折、彼の感情が昂ぶると、その思考の残響を捉えることができた。
今、彼の思考は、私に向けられたものではない、耳を聾するほどの轟音となっていた。彼は群れの筆頭医師である氷川先生に、思念を送っていた。
「月華の霊薬は、江良玲奈の母親に与えろ」
譲の精神的な声は、鋭く、絶対的だった。
言葉の意味が理解できない。私の意識は霧がかかったように、鈍い。何かの間違いに違いない。
氷川先生の返答はためらいがちで、困惑が滲んでいた。「しかし首領…霊薬は奥方様である佳月様のためのものです。あれが唯一の機会なのです」
毒そのものよりも重い、冷たい絶望が私を襲った。普段は弱々しくしか打たない心臓が、肋骨を激しく打ち始めた。
譲の返答は氷のようだった。だがその下に、一瞬の揺らぎを感じた。青白い私の顔のイメージが、一瞬浮かび、すぐに押しやられた。「玲奈が俺に息子を産んでくれた。健康で、強い息子を。彼女の母親に霊薬を与える。これが最終命令だ」
息子。
その二文字が、私の胸の空洞に響き渡った。息子。彼は他の女との間に息子をもうけていた。その事実は、涙の洪水ではなく、恐ろしく、魂を押し潰すような静寂と共にもたらされた。
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