ふわりと、甘い香りがする。
軽く波打つ長い黒髪は、さらりと揺れる度に天使の輪を輝かせ、肌は透き通るほどに白い。
猫のような大きな黒い目は、角度によって藍色に輝き、まるで硝子玉で作った玩具の宝石のようだ。
「わたし、恋がしたいのです」
まるで鈴が鳴るような軽やかさで、彼女はそう言った。
絶世の美少女――彼女のことを、僕は幼い頃から知っていた。喋ったことも、遊んだこともあるし、なんなら彼女のちょっとした秘密だって知っている。いわば、幼馴染みという存在だ。
だからこそ、彼女がそんなことを言い出したとき、僕は正直、嫌な予感しかしなかった。
「ねぇ、ミナミ」
甘ったれた声で、彼女が僕の名前を呼ぶ。それを聞いた僕の中で、警報音が鳴り響く。
例えば、僕が大事にとっておいた好物の唐揚げの、それも最後の一個を、気軽にねだってきたときのような。大寒波が押し寄せてきた寒い冬、なけなしの防寒具であった手袋とマフラーを意味もなく奪っていったときのような。