~タイムトラベル~王室からの愛
作者橋長 和葉
ジャンル歴史
~タイムトラベル~王室からの愛
「あなたは...」 フェリシアはまだ何かを言おうとしていた。
これ以上時間を無駄にしたくなかったため、ハーパーは彼女に近づき、 「証拠があるの。でも気を付けて。 私の無実が証明されれば、逆にあなたが危険にさらされるわよ」
姉の言葉の意味を理解したフェリシアは、恐怖が表情にあらわれたが、 それでもハーパーはだけでなく、誰も自分の犯した罪の証拠を示すことができないと彼女は確信していた。
「ハーパー、ハッタリはやめてちょうだい」フェリシアは厳しくささやいた。 確かに彼女の医者としての腕は優れているが、処世術に関してはまったくの門外漢。 さらに、すでにマクスウェル将軍を怒らせ、宮廷医師としての地位さえも失っていた今、 この絶体絶命の状況を覆す方法なんてないのだ!
妹に構う気力もなく、ハーパーはマシューに頭を下げた。 「殿下、私について将軍の住居にいらしてください」
マシューとハーパーが将軍の住居に到着すると、マクスウェルは涙を流している側室、ジェイド・スーを慰めるのに忙しかった。
強面の外見とは裏腹に、彼は女性に対しては優しい心を持つ男だった。 そんな彼の唯一の心残りは、自分の子を持つことができなかったことだから、 ジェイド・スーが妊娠を発表したとき、彼は喜びに満ちあふれていたが。しかし待ちに待った息子の誕生も待たずに先にその訃報を聞かされた時、 彼は怒らずにはいられなかった。
「将軍、マシュー親王がお見えです」 と使用人がマクスウェルの方へ知らせに来た。
「彼はここで何をしている?」 マクスウェルは眉をひそめた。 5年前、戦場から戻りマシューは、軍の指揮権を皇帝に返上してから なんの権力もなくなったが、それでも多くの人が彼に畏敬の念を抱いていた。
「ハーパー・チューも同行してるようです」
「ハーパー・チューだと!?」 その名前を聞いたジェイド・スーは叫びだし、 そしてマクスウェルの腕をつかむと、 「将軍!あの女は私たちの子供の仇よ! 絶対生きたまま返すわけにはいかないわ! 私たちの子供のためにも、 彼女を殺して!」
「落ち着くんだ、ジェイド! 必ず彼女を成敗して見せよう」 最愛の側室が横になるのを手伝い、 これで大丈夫だと確信すると、彼は足取りを速め、力強く外に向かって歩き出した。 しばらく戦場を離れていたが、その姿勢と歩き方は兵士のそれと似ており、強くて安定していた。
マクスウェルが入ってきた瞬間、マシューと向き合う前にハーパーを睨みつけた。 「殿下、これは一体どういうことです? その女はもう処刑されたはずなのでは?」
「将軍、落ち着いてください。 ハーパー・チューが無実を主張したので、証明する機会を与えただけですよ。 迷宮入りになるよりはいいでしょう」とマシューは親指で翡翠の指輪を回しながら答えた。
「ご機嫌麗しゅう、マクスウェル将軍」 ハーパーはお辞儀をして、 「私の知る限りでは、将軍は武将であり、知将でもあるはずです。 何せ戦場でのあなたの力と知恵を讃える歌をたくさん聞きましたもの」とお世辞を述べた。
「息子を殺したお前を こんなくだらない媚び文句で許すとでも思ってんのか?」と彼は雷のようなでかい罵声をあげた。
「いいえ、めっそうもございません。 いつも将軍を尊敬しています。何せ私たちが平和な国に住んでいられるのは、将軍と将軍が率いる兵士のおかげですから。 ジェイド夫人が難産だと聞き、唯一の女性宮廷医師として、夫人を助けるためここに急いでやってまいりました」 彼女は一呼吸置くと、「しかし実際ジェイド夫人の状況を診てショックを受けた私が、それを将軍に知らせる前に、何者かによって気絶させられたんです」と続けた。
「それはあなたが将軍の子を死なせた罰を恐れて自殺しようとしていただけでしょ!」 すでに処刑されていたはずのハーパーが大胆にも自分の屋敷でに入り込んでくると夢にも思っていなかった ジェイド・スーはよろよろと部屋から出てくると、お腹に手をかざして叫び声を上げた。 「将軍、どうか、私たち親子のためにこの悪女を裁いてください!」 そう言って彼の方を向くと、すすり泣いた。 「あの子は生まれてくるはずの、将軍が待ちに待った最初の息子なんですよ」
「泣かないで」 マクスウェルは、側室がすすり泣くのを見て、心の痛みを感じ、 ハーパーの方を向くと、怒りで目を光らせた。 「私の子供を殺しておきながら、よくも家に来れたものだな。まして自分自身を擁護しようなんて... 恥ずかしくないのか?」
「将軍!」 ハーパーは彼をさえぎった。 「最初から存在していなかった子を、私はどうやって殺せるのでしょうか? ジェイド夫人は、そもそも妊娠してはいなかったんですよ!」
すると周りは静寂に包まれ、誰もが唖然としている中、 ジェイド・スーは青ざめて 「ハーパー・チュー、なんて悪質なメス犬なのかしら! 私の子供を殺した上に、私が妊娠していなかっただなんて嘘までついて! まさか妊娠してからの9か月間がすべて嘘だったっていうの?」 と唸った。
「嘘はやめて!」
ハーパーは腕を組んだ。 「私には証拠があります! 道理を弁えた寛大な心を持ち、誰よりも公平を重んじる将軍のことだから、 決して無実の人を殺すなんて真似はしないでしょう」
嘘をついているようには見えない彼女の澄んだ瞳を見て、 マクスウェルは眉をひそめた。
「将軍、彼女の戯言を信じてはなりません! あの9か月の妊娠でどれだけの苦労をしていたか、 あなたが一番よく知っているはずです」 ジェード・スーは指を震わせてそう言いながらも、 フェリシアとつるんでハーパーを陥れることを非常に後悔していた。 適当に他人の子を引き取って将軍の子と騙れば、子宝を授かる功で 正妻の座が手には入れるというのは彼女の最初の打算だったが、 フェリシアにこれで正妻になるのはまだ十分ではないと言われ、さらにハーパーを陥れるのを手伝ってくれれば、正妻にしてあげるという彼女の口車に乗せられて現在に至ったが、 正妻になるどころか嘘をもばらされてしまいそうなので彼女は後悔せずにはいられなかったのだ。
「将軍、私は6歳の時に叔父のもとで医学の勉強を始め、 今では10年になります。 幾度もの試練とカトリーナ夫人の推薦を経て、初で唯一の女性宮廷医師になった 私の腕を、将軍もご存じのはずです。 でなければ、私にジェイド夫人の治療を頼まなかったでしょう。 しかし診断した後、彼女が飲めば妊娠と同じ症状が出るという秘薬を服用してることに私は気づいたのです。 そしてその秘薬と中和できる解毒剤を飲めば、すぐに妊娠の症状はなくなり、普通の体に戻ります」 といいながらハーパーは息を吐き出した。 「しかし、このことをご報告する前に、私は何者かによって気絶させられ、 そして次に目覚める時、私はすでに将軍の子を殺めた罪で逮捕されたのです」
「バカはよしなさい!」 ジェイド・スーはマクスウェルと手を組んで彼女を嘲笑った。 「将軍、信じてください。 私は嘘なんてついていません。 決して!」
「将軍、古くから2人の血を混ぜることで血縁関係を確認する方法が用いられてきたことをご存じでしょう?」とハーパーはゆっくりと言った。 「たしか、赤ちゃんのご遺体はまだ埋葬されていないんですよね?」
「ああ」 棺桶に横たわる小さな死体のことを考えると、マクスウェルの心がさらに痛んだ。 何せ三十過ぎの彼の、初めて生まれてこようとした子を死なれたのだから、 心を痛ませても仕方ないのだろう。
「しかし、赤ちゃんが亡くなった今、その血も固まってますから、 血を混ぜることは不可能でしょうね」 そう言うと、ハーパーは目の隅からジェイド・スーをちらっと見た。
そうだ!赤ちゃんが死んだ今実の子かどうか確認する方法なんてないのだと考えながら、 ジェイド・スーは心配が晴れたようにほっとした。
「しかし皆さんご存じないでしょう… 骨に血を垂らすことで血縁関係が確認できるということをね」
それを聞いたジェイドの顔はまた暗くなり、心臓の鼓動もさらに激しくなっていき、 そして思った、「絶対これ以上続けさせるわけにはいかない」と。
「将軍、真実を知りたいのなら、その棺桶に眠ってるご子息の骨を一本取ってくれば、 すべてが自明するはずです」
「息子を殺しただけでは飽き足らず、その遺体すら破壊しようとしてるの! この人でなしが!」 ジェイドは、マクスウェルの腕の中に身を投じて、また涙を流した。 「将軍、その女の口車に乗せてはなりません! どうか私たちの子を安らかに眠らせてあげて。 死んでも骨を取られるなんて可哀想すぎます!」
「ハーパー・チュー、この期に及んでもまだジェイドに濡れ衣着せようとするとは…そんなに死が怖いのか?」 マクスウェルは冷静に尋ねた。 正直なところ、彼自身も疑っていたのだ。 何せ妻は自分と長年過ごしていても一度身ごもることもなく、その妾たちも同様に一切妊娠しなかったから、 ジェイド・スーが妊娠していると聞いたとき、彼はほっとしたように大喜びしたが、 やはり心の片隅では、これは本当に自分の子なのかという晴れない疑念があった。
「もしそれで私の無実を証明できないなら、家族全員も一緒に殺してもらっても構いませんので!」 ハーパーは頑なに言った。