~タイムトラベル~王室からの愛
作者橋長 和葉
ジャンル歴史
~タイムトラベル~王室からの愛
マクスウェルの顔には疑いが見てとれた。 「こんなでかい賭けしても顔色一つ変わらないハーパーが嘘をついているとは思えないし、 しかし、もし本当にジェイドは初めから妊娠などしていなく、 すべてが自分を騙すだけの嘘だったら? ああ神様よ、なぜ俺に子宝を授けてはくれないのだろうか」
「将軍、何も持たぬ身の私は死んでも誰も気にしないでしょう。 しかしあなたは違います。国を守る柱ともあろう将軍をこの ように騙すことは、私が決して許せません。 例え命に代えても、将軍を愚弄するものを必ずやこの手で成敗いたす所存であります」 マクスウェルがどれほどためらっているかを見て、ハーパーはマシューでさえもほとんど信じちゃうほどの最大限の確信を持ち、誓った。
「将軍、その女はただ命が大事でこんな御託を並べただけです。 惨めに亡くなった可哀想な私たちの子に、どうしてそんなに残酷になれるのでしょう? こうなったら私も生きていられませんわ。 あの世で可哀想な我が子に付き添えるよう、どうかこの私めも殺してください!」 ジェイドは胸の内をそう叫ぶと、 マクスウェルの手を解き、頭を柱にぶつけようとしたが、 彼の素早い反射神経で、ギリギリのところで彼女を止めることができた。
マクスウェルはまだ疑問を持っていたが、最愛の側室のこんな姿も見るに忍びなく、どうすればいいかわからなくなっていた。
「ジェイド夫人、すべてが明るみに出ることを恐れているのですか?」 マシューも口を挟んだ。
「殿下、一体なぜそのようなあらぬ疑いを? 私が殿下の気に障ったことでもしたんでしょうか?」 ジェイドはすすり泣いた。
「私はただおかしいと思っているだけです。 ご存知のように、ハーパーは有名な宮廷医師です。 仮に難産だとしても、彼女は何よりも子供の命を最優先にしていたでしょう。 何せマクスウェル将軍はこの子を非常に重要視してますので、彼女がそうするのも当然ですし、ましてやあのようなミスを犯すほど間抜けな彼女でもありません」とマシューは説明すると、ジェイドを疑うように目を吊り上げた。 「きっと何か裏があるに違いありません! 将軍、せっかくここまで来たのですから、ハーパーに無実を証明するチャンスを与えてはどうでしょうか? どうせ彼女はもう逃げることなどできないでしょうから」
「お待ちください!」 ジェイドは不安そうに言うと、 「私たちは将軍のお体を第一に考えなければならないのです!そうやすやすと他人に傷つけさせてはなりません! もしそれがその女の狙いだとしたらどうします? 彼女はまた何か汚い手を使うかもしれないんですよ」
「将軍、この命に賭けて言えます!私が言ったことすべてが紛れもない事実です! また、さっき夫人が傷とか言いましたが、血が要ると言っても将軍の指を刺して血を一滴採取するだけなのでご心配無用です。 かすり傷にもカウントされませんから」とハーパーは冷静に言って から、深呼吸をし、「しかし、赤ちゃんの骨はどうしても必要ですので」と付け加えた。
「骨を取ってこい」とマクスウェルはすぐ使用人に命じた。
ショックでジェイドは目を大きく見張り、 「将軍…後生だから それだけは…」 とどもった。
「将軍、経産婦と未産婦の間には大きな違いがあります。 もし信用していただけないのならば、皇妃様たちの身体検査を行った宮廷乳母にジェイド夫人の体を検査してもらったらどうでしょう」とハーパーは自信満々に言った。 ジェイドは拳を握りしめ、その体は怒りに震えた。
「このメス犬が! 私の子供だけでは飽き足らず、今度は私の命まで狙ってくるとは! 殺してやる!」 そう言って突然、彼女はハーパーに襲い掛かった。
しかしハーパーはその攻撃を簡単にかわし、襲ってくるジェイドを惨めに床に倒れさせた。 そんなジェイドの反応を見て、彼女にはきっと何かやましいことがあるに違いないと確信したマクスウェルは すぐ召使いに宮廷乳母を来させるように申しつけ、 「あとできっちり身体検査してもらうから、ここから動かないように」とジェイドに厳しく言いつけた。
「将軍!何十年も築いてきた私たちの感情は この部外者の戯言よりも薄っぺらいものなんですか?」 ジェイドは必死に泣いた。
「黙ってじっと待っていろ! もしお前が嘘をついていないのなら、この身体検査を恐れる理由はないはずだ。 そうだろ?」
「将軍… 私...」 と、真実をハーパーにばらされることを恐れ、 そもそも妊娠していないことを将軍知られるのが怖いジェイドは 唖然として言葉すらうまく発せなかった。
「将軍、遺骨はここにあります」
立ち上がって、彼女は骨に近づくと、「私のかわいそうな赤ちゃん...」と呟いた。
「黙れ!」 マクスウェルはジェイドを叱り、 「さあ、証拠を見せたまえ」と、ハーパーを冷たく見ながら言った。
ハーパーは赤ちゃんの骨を見ながら前に出ると、 「失礼します」と、そっと言いながらマクスウェルの手を取り、 何も感じさせないほど細い針で彼の指を刺し、 そして慎重に、その手を骨の上に置き、指を軽く押して、一滴の血を骨に滴らせた。
誰もが息を止め、何か重要なものを見逃すのを恐れているかのように、小さな骨に目を釘付けにした。
骨に触れるとすぐに、血液はスムーズに横に滑り落ちていった光景を 誰も見逃さなかった。 ハーパーはため息をつき、「将軍、その血が—」と説明し始めた。
「将軍、宮廷乳母が到着しました」と誰かが割り込んだ。
「ジェイドの体を調べさせろ!」 マクスウェルはジェイドに指さして言った。 大きな声で責めるような口調だが、どこか悲しげな雰囲気が漂っていた。 戦場では英雄だった自分が、家では妾に翻弄されるただの間抜けだと思うと、 彼は今にもキレそうになっていた。
ジェイドは困った顔でマクスウェルをちらっと見ると、騒ぎを起こしても意味がないと思い、 宮廷乳母に続いて身体検査を受けるための部屋に入った。
ハーパーはジェイドが部屋に入るのを見て、彼女はただ座して死を待つような女じゃないと心のどこかでそう思っていたが、 しかし、マシューとマクスウェルはそれについては話しておらず、自分の考えは心の中にしまっておくことに決めた。 何しろ彼女はこの時点ではまだ有罪だったのだ。
「ハーパーよ、その医者としての腕はかなり立つと聞いたが」 マクスウェルが沈黙を破り始めた。
「いえ、買いかぶりすぎです。 私の腕など取るに足らないようなもので、 それでも、今回の件に関しては、決して無茶な話をしているわけではないと断言できます。 私は信じてくれなくても、 宮廷乳母ならきっと信じてくれるのでしょう」とハーパーは冷静に言った。 その態度は父親のチャールズ・チューとはかなり異なっていた。
「チャールズ・チューは君のような賢い娘がいてなんて幸運なのだろう!」 と、マクスウェルは言った。 ハーパーは彼が自分をほめているのか嘲笑しているのかわからなかったが、あまり気にしなかった。 そして何かがおかしいと感じ、ホールを見回し、 突然、妹がいないことに気づいた。
「どうした? 居なくなった妹さんを探してんのか?」 マシューはハーパーの行動に気づくと、まるでその心を読めたように尋ねた。
「いいえ、大丈夫です。 彼女はおそらくどこか別の場所にいるでしょう」と必要以上の情報は提供したくないので、ハーパーはこう答えた。 チュー家で起こったことは、他人には関係のない事であり、 他の人に家族のことを知らせる必要はなかった。
「まあ、君がいいというのなら」 翡翠の指輪をいじりながらマシューは、 あの風見鶏の狸親父に、こんな意志も固く自尊心に満ちている 素直な娘がいるとは驚きだな、と思いながら顔に冷笑を浮かべた。
「なぜこんなに時間かかってもまだ出てこないんだ?」 首を長くしている将軍は少し待ちきれない様子で 立ち上がって、いろいろ考えながら 部屋をウロウロ歩き回っていた。 ハーパーが死んだ子供が自分の子じゃないと証明した時、マクスウェルは確かにこの女医者を信じて ジェイドに身体検査を受けさせたが、 しかしそれは別にジェイドを完全に信じないわけでもなく、その子供が自分の子じゃないのは、彼女が前に流産したのを自分に気付かせまいと別の子と入れ替えたのであって、別に端から妊娠していないわけじゃないと彼は心のどこかでそう信じている。
「ちょっと誰かに中の様子を見てもらいましょう。 こっちまで心配になってきましたよ」とマシュー親王は提案した。 すぐに、マクスウェルは立ち上がると、ジェイドが身体検査を受けていた部屋に向かった。 そんな将軍を見てハーパーも立ち上がってすぐ後ろを追い、 おもむろながらマシューも一応その後を歩いてはいるが、非礼勿視という孔子の教えにでも気にしているせいか、少し二人とは距離を置いている。
ドアを開けると、床に乳母と他の2人の召使いの女の子が倒れていて、 しかしジェイドの姿はどこにも見えなかった。 この者たちに何が起こったのかを調べるため、マクスウェルは急いで近づいて行き、 そして簡単に調べ結果、皆ただ気絶させられただけのようだ。 ほんの少し前まで彼はジェイドをまだ信じていたが、 それがまさか自ら彼の信頼を裏切り、こうして逃げてしまうとは…
しばらくすると、乳母は段々意識を取り戻し、 マクスウェルの青ざめた表情を見て、ただちに状況を理解し、 「将軍、うかつに気絶させられて、ジェイド夫人を取り逃がしてしまって申し訳ございません! どうかお許しくださいませ!」と説明しながら許しを乞った。
「屋敷の出口を封鎖し、彼女を探せ!」 湧き上がる怒りでそう怒鳴ると、 振り返って鋭い目つきで自分を睨みつけたマクスウェル と視線を合わせながらも、ハーパーは堂々として、 顔に一切怯えを見せなかった。何しろ彼女は将軍以上に恐ろしい人と何度も接してきたから、 今更将軍ぐらいでビビるほど未熟でもなかった。
「君の冤罪について後ほど俺が陛下に説明してやるから、 もう帰っていいんだ」とマクスウェルはきっぱりと言った。
「ありがとうございます、将軍」 ハーパーは少しうつむいた。 それから振り返り、マシューに頭を下げた。「私の命を救ってくれてありがとうございます、殿下。 いつか必ずこのご恩をお返ししますので」
「おや、本当か? そして、何をもって恩返しするつもりだ?」 マシューは顔に嘲笑を漲らせながらそう答えた。