~タイムトラベル~王室からの愛
作者橋長 和葉
ジャンル歴史
~タイムトラベル~王室からの愛
棒が大きな音を立てて体に当たる度、鋭い痛みに襲われた ハーパーは痛みに耐えきれず死にかけていたが、叫び声さえ出さず、ただ恨みのこもった黒い瞳でチャールズを睨み続けた。 そう睨まれた本人は背筋に悪寒を走らせたが、まもなく落ち着きを取り戻し、 この家族をたくさんのトラブルに巻き込んだ女を、これ以上残しておくわけにはいかないと、決意した。
「彼女を殺せ! 殴り殺せ!」 自分の娘を見つめ続けながらチャールズは更に命令した。
「やめなさい!」 どこからともなく伝わってきた声に、家来たちは聞く耳も持たず棒を振るう手を止めなかったが、 やがて木の杖で自分たちの頭を殴ってくるお方の正体を知ると、やっと大人しく棒をしまってくれた。
「母様、お戻りになったんですか」 目の前に立っている母親を見て恐怖で震えだしたチャールズは さっきまでの怒りの気持ちを飲み込み、すぐに彼女を中に案内した。
「ハーパー!」
全身に傷を負い、顔が血まみれになっていたハーパーの 見るに堪えぬ様子を目の当たりにした一人の老婆はそう痛切に叫びながら、 速やかに駆け寄って彼女をしっかりと抱きしめると、 大声で泣き始めた。 そしてまた鼻を鳴らし、チャールズを睨みつけた。 「この人でなし! ハーパーを殺したきゃ このわしも一緒に殺せ!」と怒りに唸った。
「とんでもございません! 母様に危害を加えるなど不孝極まりない愚行致すつもり断じてございません! ただこの役病神を 残しておけば、また一族にとんでもない災厄をもたらすに違いありませんゆえ…」とチャールズは急いで答え、ハーパーに説明する隙を与えなかった。
「お嬢様、大丈夫ですか?」 気が弱く、顔が血まみれになっているため、目を開けているのが精一杯だったハーパーを見て、 ニーナは思わず涙をこぼし、 「全部 ニーナが悪かったんです! もっと早く帰ってこれたらお嬢様もこんな目には…」とすすり泣きながら言っていた。
「母様、こんな夜遅くお戻りになるなんて… 先に遣いの者に知らせてくれたらよかったのに ...」 スーが言い始めると、
「お黙りなさい!」 老婆、メイビスは叫んだ。 「この悪女め! チュー家の女主人でもあろうものが、たかが小娘一人の命も許してくれぬなどなんたる心の狭さ!」
「母様、誤解です」 スーはひざまずきながら、恭しくお辞儀をした。 「私が彼女を殺そうとしてるのはなく、彼女が フェリシアの食べ物に毒を入れて、殺そうとしたのですよ! それに、たしかに彼女に腹は立てしましたが、殺すなどめっそうもございません! チャールズもただ、ちょっときつく懲らしめただけです」
「何がちょっときつくだ? わしが来なかったら死ぬところだったのに」 と怒鳴りつけたメイビスの振りかかってきた杖撃を食らっても、 義母の威厳に怯えたスーにそれをかわす度胸がなく、ただ 「フェリシアも同じ母様の大切な孫娘なのに、なぜハーパーにだけ肩を入れ、フェリシアにはまったく気にかけてはくださらないのですか? フェリシアも今、毒で死に瀕してますのよ!」と大声で叫んだ。
「おばあちゃん」ハーパーは祖母の手を握りながら言った。 「おばあちゃん、こ…これは誰かが仕込んだ罠なの… 私は…やっていない...」
「ハーパー、仲直りするためにきたフェリシアが あんたのところに毒を盛られて、 そしてその毒も、あんたの部屋で見つかった今、 まだ自分がやってないなどと抜かせるわね!」 と、スーは即座反論した。 メイビスが邸宅を出たときからずっとハーパーを排除する計画を立てていた彼女は、 あのハーパーが、メイビスを連れ戻すようにとニーナを遣わせるほどの頭脳を持っているとは、夢にも思っていなかった。
「おばあちゃん、私は無実よ。 フェリシアが盛られた毒は もしあらかじめ解毒剤を飲んでいければすぐに死んでしまうほどの猛毒で、 たとえ医者ですら彼女を治すことが不可能でしょう。 現に彼女が生きていられたのは、事前に解毒剤を用意したに違いないわ」と、ハーパーはメイビスの手をしっかりと握り締め、 力を振り絞って最後まで言い切った。
「ばかばかしい! 」
「おばあちゃん、もし私が信用できないなら、同じ宮廷医師を務める、ジェイデン先生に尋ねるといいわ。 あの方はとても剛直で医術の腕も立っていらっしゃる、きっと皆さんも納得してくれるだろう。 それに、そもそも食物持ってきたのはフェリシアだから私に毒を入れる隙なんてなかったの」 顔を青ざめながら自分の無実を主張しているハーパーを見て、メイビスはひどく心を痛ませた。
「すぐにジェイデン先生を連れて参れ!」
「母様、考えてみてください。 もし部外者にこのことを知られたら、チュー家は世の笑いものにされてしまいます!」
「お黙り! あんたが口出すんじゃない!」 スーへの上様のピシャリとした物言いを聞いて、メイビスのところの下女はジェイデン・ジャンを呼びに急いで出ていった。 チャールズがスーの青白い顔と落ち着きのない目を見ると、ハーパーの言葉を心に響かせ、 今日の芝居は全部、ハーパーををハメるためにフェリシアが仕込んだ自作自演だったことに気付いた。
「母様、ジェイデンも一応年ですから、 こんな夜遅くにお邪魔しちゃ悪いでしょう。 それにフェリシアの容体もよくなってきたことですし、 ハーパーも大して怪我はしてませんから、 このことはもうこの辺にしておきましょう」
「この辺もへったくれも ないわい!」 メイビスは怒りに震えながら唸った。 「何が大して怪我してませんだ? こんなに血を流してるのに まだそんなこと言えるとはあんたの目は節穴か! チャールズ!あんたもだ! 同じ娘なのにフェリシアばかり特別扱いするのを 咎めるつもりはないが、しかしハーパーを迫害するのだけは許さないわ!」
「母様、 迫害などした覚えがまったくございません!」 あれほどハーパーの尻拭いをしたきた自分がもし、 本当に彼女を迫害するようなことをしていたら、彼女はとっくにしんでいただろうと、 まるであらぬ冤罪を被らされたように、 チャールズはやや不機嫌そうに答えた。
「どのみち今更やめるつもりはない! 今日のことははっきり調べさせてもらう。 宰相家が嫡女が 庶出の妹を毒害しようとしたなどあらぬ罪を被らされるのをみすみす見過ごしておけぬ!」 と、メイビスは 必ず真相をはっきりさせる決意を見せながらも、 そのあまりの怒りに、フェリシアを庶出扱いしてしまった。
「母様、嫡女はフェリシアなんですよ」とチャールズは言った。
「何が嫡女だ!」 メイビスは再び怒りを爆発させ、一言一言に力を入れて、 「たかが妾上がりの女が、 正妻風を吹かせるなど言語道断! 昔はその腹の子を免じて目をつむってきたが、 それがまさか ハーバーを目の敵にしてその命まで狙うとはなんたる邪悪非道! あんな女に宰相夫人の名を騙る資格などないわ!」 と断固とした態度を見せた。