~タイムトラベル~王室からの愛
作者橋長 和葉
ジャンル歴史
~タイムトラベル~王室からの愛
皇居から出てくると、ハーパーはギラギラと照りつけてくる太陽に目を細め、 少しぼやけている視界と同じように、その頭もまだぼんやりと朦朧していて、 ぼーっとそこに立っていると、まるで自分が災害の生存者になったかのように感じた。 生まれ変わってから現在までのあいだというもの、何度も人生の生と死の狭間に置かれていたことを思い出し、彼女は うつむいて、自分がどうやってこのつらい人生をくぐりり抜けて来たのかを考えると、深いため息をついた。
誰もいない宮殿のドアの前に立ちつくし、ハーパーは苦笑いした。 誰も迎えに来ないのは仕方ないのである。何せ祖母を除いたらチュー家に彼女の生死を気に留めてくれるものもいなければ、 その祖母ですら彼女に愛想を尽し、仏陀様を拝みに出かけたきり帰ってこなかったのだから。
後で出てきたときマシュー親王が、ハーパーが顔を手で覆っているのを見て、泣いているのかと思って近寄ってみると、 彼女は泣いているわけではなく、ただ手でまばゆいばかりの日差しを遮っているだけだと気づいた。
「殿下、命を救ってくれてありがとうございます」 そう言いながらハーパーはひざまずき、自分に見向きもしなかったマシューに感謝の意を表するも、 ただバカみたいに宮殿の前にひざまずいたままの姿で放置され、彼に無言で立ち去られた。
しばらく言葉を失ったが愚痴は言わず、 彼女はただそそくさと立ち上がり、服についた軽く埃を払い、 心を沈ませたまま、家に向かって歩き始めた。 チュー家の邸宅は皇居と少し離れていたが、今の自分にとっては大したことではなかった。
と言う彼女の考えは、どうやら甘かったようだ。皇居からチュー家の邸宅まで徒歩2時間近くもかかると、ハーパーは思ってもみなかったのだ。 長時間歩いたせいで足が棒になりそうだった彼女が 家に着くと、そこにあるのは当然優しい掛け声とは程遠い、父親の厳しい目つきと、 人の不幸を餌食にしているように面白がって自分を見ていた執事のスー・ワンと他のチュー家のものから向けられた、嘲るような表情。
「お父さん!」
「この親不孝娘が!」 テーブルの上の茶碗に手を伸ばすと、チャールズは荒れ狂ってそれをハーパーに向けた。 軽く身をかわしたおかげで、茶碗はただ耳を掠めて通っただけで済んだが、その茶碗にある熱いお茶は彼女の体にぶちまけられた。 体に焼けるような痛みを感じながらも、彼女は一音も発せず、 ただただその父親を見つめていた。
「よくもそんな一族全体を巻き込むような賭けしてくれたな! 相手が誰なのかわかってるのか? あの平気で人を殺せる マシュー親王なんだぞ!」 とチャールズが言ったように、マシューはその血に飢えているような残忍非道さで知られていたのだ。 彼は、ハーパーが保身のためにチュー家全員を道連れにするような 危険極まりない賭け事をするとは思ってもみなかった。
「お父さん、私はただあなたの評判に傷をつけないだけです。 もし私が将軍の子を殺害したという罪名を被らされたら、いずれ将軍の怒りはお父さんに向けることになるでしょう。 そんな陛下の寵愛を一身に集めた将軍に目の敵にされて、 もし私が無実を証明しなかったら、きっとあなたも巻き込まれていたはずです」
「減らず口を叩くな!」 チャールズは逆上して机に拳を叩きつけながら怒鳴り散らした。 何しろハーパーが殺人の罪を問われた時から彼はすでに一線を画し、 生かすも殺すも御気の向くままと言ってためらいなくマクスウェル将軍に彼女を差し渡したから、 目の敵にされるもくそもなかろうに。 「お前のわがままにはいつも目をつむってきたがまさかこれほどになると思わなかったよ。 そのわがままのためなら我々一族の命すら顧みないような 冷血女は私の娘じゃない!」
「お父さん!」 ハーパーはにわかに自分の耳を信じられなかった。 彼女はただ生き残りたいだけなのに! あんな賭けしたのも百パーセント勝てる自信があってのことで、でないと一族全員の命を賭けにするわけないでしょう! 他人のマクスウェル将軍やマシュー親王に許された今、逆に一番親しい家族からこんな風に攻められるなんて、 彼女は悲しみを感じずにいられなかった。
「ハーパー、傲慢もわがままも結構ですが、 関係ない人まで巻き込んではいけませんわ」とスー・ワンはハーパーをじっと見つめながら、悲しみを装っていたが、 しかしその内面では悦びに包まれていた。 「さすがの私でも今回ばかりは あなたの味方にはなれませんわ」
「そのとおり。 姉さん、あのような残酷なことをしておきながら、まだ父さんが許してくれると思ってるわけ?」 フェリシアも割り込んで彼女への罵倒に加勢してきた。 その優れた医術をもって初の女性宮廷医師になったハーパーを、 チャールズは誇りに思うどころか、逆に憎んでまでいたのだ。
「どうか信じてください!自分の命欲しさに皆まで犠牲にするつもりなど決してありません。 私はマシュー親王に無実を証明する機会を与えてほしかっただけです。 お父さん...」 と、ハーパーは必死に説明した。
「黙れ! 私はお前のお父さんではない! お前のような不孝な娘を持った覚えはない!」 と言いながら蹴りかかってきたチャールズに バランスを崩され地面に倒れたハーパーは、 冷たい視線を向けてきた父親を見上げると、急に胸に鈍い痛みを感じ、自分に言い聞かせた。 「ハーパー、この人たちの畜生面が見えてる? これがあなたの家族よ!」
「お父さん、私はただ…」 ハーパーは不満げにつぶやいた。
「もう十分だ! そのヘタクソな言い訳にはもううんざりだ」 チャールズはついにトサカにきた。 「これからは、自分の部屋から一歩も出るんじゃないぞ!」
「お父さん、それってどういう…」 ハーパーは困惑しながら尋ねた。
「そのまんまの意味だ!これからは一生、自分の部屋で過ごしたまえ!永遠に出るんじゃないぞ!」 チャールズは沈痛な面持ちで命じた。 ハーパーを再び世に出すと、きっとまたとんでもないことをやらかすに違いない! 今度はマクスウェル将軍とマシュー親王、 次もまたどっかの将軍やら親王やらを怒らせたらこっちの身が持たないのだ!
「お父さん、私はまだ宮廷医師という職務がありますので、 ずっと家にいるわけにはいかないんです」
「それについては心配ご無用よ。 マクスウェル将軍を怒らせた姉さんのために、父さんはとっくに辞表を陛下に送り、宮廷医師の任を外していただいたの。 そしてその空いた席を、ヘイリーが引き継ぐ予定よ。 姉さんは自分の部屋で反省でもしたほうがいいわ。 もう父さんを怒らせないであげて」とフェリシアは誇らしげな顔でそう告げながら、 ハーパー、あなたはもう何年もの間ずっと横暴だった。けれど、これからはみんなから嫌われるという運命に呪われているのよ! 彼女は幸せそうにそう思ったのだ。