神になる
作者崔 彰寛
ジャンルファンタジー
神になる
「僕は無敵だ」ゼンは春のそよ風のような暖かさに包み込まれて 全身に安らぎを感じ、目を輝かせながら思った。 事実として、殴打されればされるほど、ゼンの目は生き生きとした輝きを増した。
「地獄に行きやがれ!」
「バーン!」
「お前なんか殴り殺してやる!」
「ボン!」
メルビンが打撃を与える度に、ゼンは玄器になっていった。 相手の息の根を止めようと躍起になったメルビンは、もはやゼンにとって勤勉な鍛冶屋以外の何ものでもなかった。 むしろその一打一打がゼンを「玄器」へと形作った。
地面に横たわってこそいたが、身体は無傷のままでいたゼンを見て、 何が何だか分からなくなったメルビンは 殴る手を止め、 ただ息を切らして相手を睨みつけた。 ゼンが激しい殴打に耐えることができるとは聞いていたが、まさかこれほど粘り強いとは思ってもいなかった。 現に彼は痛みに苦しんで震えているように見えるものの、何度殴っても自力で立ち上がってきた。
まさかゼンがただ弱いふりをして、 本当は自分を殴ってくるパンチを楽しんでいたなんて、メルビンは夢にも思わなかっただろう。
側に立っていた奴隷たちは一様に首を横に振った。 なぜゼンが、殴られても殴られてもメルビンに立ち向かって行くのか解せなかったからだ。 少し頭を使って、再起不能のふりをして地面に倒れこんでいれば、 用心棒に地下室に連れ戻され、そこで休息もでき、さらなる怪我も避けられたものを、 なのにこの男は性懲りもなく立ち上がって、メルビンに繰り返し殴られている。 人間サンドバッグの仕事にやりがいを感じているのか? それとも人に殴られるのが好きな性分なのだろうか?
メルビンによる最後の打撃の後、ついにゼンは起き上がらなかった。 代わりに、彼は身体の至るところに広がる暖かさを楽しむために地面に横になった。 とても静穏で無敵だと感じながら!
ゼンが起き上がらず地面に留まったもう一つの理由は、疑いを避けるためだった。 重傷を負わずして、そのような殴打を受け続けることができる奴隷はいないだろう。 そして、もし彼が無傷のまま繰り返し立ち上がったとしたら、人々は彼がどうやってそのような殴打に耐えることができたのか疑問に思うだろう。
その疑惑を避けるために、ゼンは地面にとどまり、暖かさを楽しむことにしたのだ。 どうせ明日もなぐってくれるし。
またゼンに立ち上がられたら、自分は大恥をかかされていただろうと内心焦っていたメルビンは もはや立ち上がろうとしていないゼンを見て、やっと安堵した。
夜になり、地下室に戻ったゼンは ドアが閉まるとすぐに、怪我人を装うのをやめた。 何しろ彼は怪我どころか、むしろエネルギーが泡のように噴き出してくるような生き生きとした感覚が収まらないのだ。
夜になってもダレンは地下室に現れなかった。 代わりにその相棒から届けられた3錠の創傷治癒薬を入れた 紙袋の中を確認すると、 どうやらダレンは自分の言いつけを守り、薬の横領を止めたようだと、ゼンは微笑んだ。
「昨日お灸を据えたのが、そんなに効いたのか? 少しは心を改めるだろうか?」 ダレンがこんなことで改心するはずがない、とゼンは首を横に振った。
心を入れ替えるどころか、ダレンのような諦めの悪い悪人は、 例えばゼンを毒殺するといったような何か悪だくみでも計画しているに違いない。
ああいった奴を敵に回した以上、 もっと用心深くなる必要があると思ったが、 同時に、ダレンのような臆病者 ごときに心を乱されるのもバカバカしいので、 状況に応じて臨機応変に対策を講じることにした。
そんな思いで、ゼンはもう自分には必要のない丸薬を捨てた。
雑念を捨てて心を落ち着かせると、ゼンは他のことに集中し始めた。 まずは一日の戦いで汚れていた身を清めるために、 貯水槽に行き服を脱ぎ、 そして、手で冷たい水をすくい、頭の上に注いだ。
バシャ… バシャ…
もともと澄んだ冷たい水が自分の頭から流れ落ちると、濁った泥水になり足元でできた汚い水だまり を見下ろすと、泥水の中に淡い白色のものが混ざっていることに気が付いた。
まさに彼の予期した通り、自分が受けた殴打は身体から不純物を排出させてくれたのだ。
筋肉精錬の境地とは、
筋肉を精錬して、不純物を筋肉から排出させる境地で、
骨精錬の境地とは、
骨を精錬して、不純物を骨から除去する境地。
臓器精錬の境地、
それは…
5つの境地に至る精錬は、全身を浄化するための重要な過程だった。皮膚、筋肉に始まり、骨、臓器と続いていく。 それは、5つ目の境地で不純物が骨髄から除去されると停止する、身体の外部から体内への段階的な精錬過程であった。 そのすべての境地に至ると、人は自分の肉体を超越し、命を昇華させ、より高いレベルに昇格することができるという。
ゼンと他の人との最大の違いは、他の人は自身の身体から不純物を取り除くために自らの鍛錬に頼る必要があるのに対し、 ゼンはただ他人に殴られるだけで更なる境地へ昇格できる。つまり、他人の力を効率よく利用できるという事だった。
自らの鍛錬で次なる境地に挑むには膨大な時間を要し、人によっては数年、数十年、さらには一生かかってもおかしくはなかった。 一方、ゼンは魔法薬と同じ効果があった暖かい流れを取り込み、身体から不純物をより速く排出することができた。
つまり、必死に鍛錬しても毎年少量の不純物しか排出できない他の人々と比べ、ゼンの精錬速度は千倍速かったのだ!
ゼンは以前、筋肉精錬の境地の頂点で頭打ちになっていたのだが、その後のサンドバッグとして過ごした2年の間、練習の機会を失っていたため、未だ筋肉精錬の境地に留まっていた。
だが、今日さんざん殴られたことにより、体内のいくらかの不純物は洗い流され、 ゼンは自分の体が質的変化を遂げたかのように感じていた。筋肉はすでに非常に純粋であり、身を清めたときに見た淡い白色の不純物は、体内でさらなる浄化が進んでいることを確信させた。
筋肉から除去された不純物は通常、真っ黒な汚れとして体外に出てくる。なので、それらの淡い白色の不純物はおそらく彼の骨から排出されたものだ。 そしてそれは、彼が既に骨精錬の境地に突入したことを示す証拠でもあった。
興奮して居ても立ってもいられなくなったゼンは、鉄の寝床をどかし、地下室に練習のための場所を空けた。 手始めは「シタン拳」から。 集中が高まっていくにつれ、彼の全身は紫色の光に包まれていく。 それは、その日のペリンの周りに渦巻いていた紫色の光とほぼ同じだった。
次の瞬間、ゼンは拳を放ち、すべてのエネルギーを解放すると、 地下室の沈黙の中にバシッと切れのいい音が鳴り響いた。
「バーン!」
別の激しい音は、おそらくゼンが巻き起こした不規則な気流によって引っ掻き回された、 地下室に置いてある、ろうそく、紙、などの小物のぶつかり合いから発生したものだ。
残念なことに、地下室は狭く、練習に使える空間も限られていれば、 腕試し用のサーシも石の石像も無い。 それに大きな音を立てて、用心棒に気付かれるのも面倒だから、彼は大して力を試せなかった。
しかし、骨精錬の境地に達したという満足感だけは確かなものだった。