神になる
作者崔 彰寛
ジャンルファンタジー
神になる
ゼンは興奮のあまり目が冴えてしまい、結局昨晩は半時間も眠れなかった。
翌朝、いつものようにルオ家の使用人に手枷足枷と皮の鎧を着せられ、地下室から連れ出された。
骨精錬の境地に入った今、ゼンの身体は質的な変化を遂げていて、 少しだが、歩き方にも変化が見られた。 彼の足取りは、よりゆったりと優雅で、その地面を踏みつける力に何一つ無駄はなかった。
手枷と足枷に拘束されていなければ、今すぐにでも走り出したい気分だった。
妙な事に、用心棒はゼンをいつもの武道館ではなく、どこか別の場所に連れて行っているようだった。
ルオ家の邸宅は広大な敷地に建ち、巧みに計画されたその間取りは素晴らしく、 武道館に加えて、屋敷には会議室、 前庭には植物園、武器精錬工房があった。
歩きながら周りを見渡すと、 ゼンはその道が屋敷の内部に通じていたことを思い出した。 そして用心棒は彼を、更にルオ家の屋敷の裏庭に通じていると思われる狭い道に誘導した。
「どこに連れて行かれるかは知らないが、ひとまず黙って様子を見るか」 そう思ってゼンは、眉間にしわを寄せながら何も言わずに歩いた。
ゼンが前回来た時と比べて、 この裏庭はすでに凄まじい変貌を遂げていた。 叔父とその家族の敷地内で、何棟かの東屋と楼閣といった建物が増築されていて、 外に出ると、あちこちに橋の架かった池が掘られ、さらにはプール付きの離れまで建てられていた。
これらの新しい建造物の出来映えは実に雅やかで、 それぞれの建物には、複雑に彫られた梁で支えられた高い屋根があり、 そして早朝の太陽の下、金色に塗られた龍がちらちらと光っていた。
邸宅の変貌ぶりを目の当たりにして、ゼンは閉口した。 ルオ家は裕福な一族ではあったが、この世界では強い者だけが生き残る。 戦士たるもの、栄光と富は最も後回しであるべき。 叔父のように私利私欲をむさぼり、一族の現在の栄光と富に満足して、もっと重要なことから目を背けたら、その先に待っているのは衰退のみだろう。
したがって、ゼンはルオ家が遅かれ早かれ叔父たちによって潰されるであろうと確信した。
用心棒は池のある庭園を通り、狭い通路を抜けて、ゼンを2つ目の庭へと連れて行った。
そこでは二人の人物ががお茶を楽しんでいた。
よく見てみると、そのうちの一人は2日間姿を消している執事のダレンで、 もう一人は、繻子の服を纏った 50は軽く超えている老人だった。 そして、ゼンはその老人がかつてルオ家の召使いだったグレイ・フワンだと気付き、 目を丸くした。
そのこびへつらうことに長ける性格と ゼンの叔父が長男、アンドリューの乳母やっていた妻のおかげで、 グレイは叔父のお気に入りになり、 おそらくそれが、彼がルオ家での地位をめきめきと上げていった所以でもあっただろう。
小耳に挟んだところでは、2人の叔父はどんどん影響力と権力を付けているらしい。 自ずから、彼らのために骨身を削って働いたグレイの地位も上昇したのだろう。 そうしてルオ家の人事を取り仕切る、主任執事へと成り上がっていた グレイはその高い野心と自尊心から、ルオ家の直系でない人々にはもはや見向きもしなくなっていた。
ゼンは以前よりこの男の傲慢さは耳にしていた。
彼の立っていた場所から、ダレンがグレイに言ったことを聞くことができた。「アンドリュー様が贈ってくださったこのお家の素晴らしいこと。 私の記憶が正しければ、ドアの飾り板に刻まれた翡翠の竜はコランダムの種作られていましたね。 素材からして超一流でございます」
グレイは笑って答えた、「よくその素材に気付いてくれたね。 目を凝らしてごらんなさい、この翡翠の竜以外にもまぁいろいろと、宝物があってのぅ。 屋根には釉薬瓦が使われていて、 そして、その銅の獅子の像は、C郡で一番腕の良い職人が手掛けたものじゃ」
ダレンは金に糸目をつけずに作られたことが瞭然である 芸術的な装飾を一つ一つ称賛した後、 思慮深く言った。「フワン様の家は完璧ですが、一つだけ足りないものがございます」
「欲しいものはすべて揃っていると思うが、 なぜ何かが足りないなどと申すのか?」 と、グレイはドヤ顔で言った。
そこでダレンは「ここに足りないのは まさに、賢くて勤勉で、有能な僕なのです! それで栄養学に長け、毎日のお食事にも役立つ ぴったりの人物を連れてまいりました!」
「本当か? その者とは誰じゃ?」 グレイは好奇心丸出しで尋ねた。
ダレンは庭の入り口を指差して、「ご覧ください!」と、言った。
グレイがダレンが指している方向に向き直ると、 そこに手枷をはめられて突っ立っているのは、 他の誰でもない、自分のよく知っていたルオ家の元若様だった。
ダレンとグレイの会話を聞いたゼンの血は 怒りで沸騰していた。 「この2匹の犬どもめ、勝手なまねをしやがって!」
奴隷の身でこそあったが、ダレンにはルオ家の執事の召使いとして自分を差し出す権利などあるはずも無いし、 第一、ルオ家の血筋ですらない者に仕えるもくそもないのだと、 ゼンは非常に気分を害した。
ルオ家の傍系親族でさえ、彼を前にして舐めた真似をする度胸は無かった。結局のところ、ゼンは未だルオ家の嫡流長男であったからだ。
「ダレンはなぜ僕をグレイ・フワンの召使いとして差し出すのだろう?」 と、ゼンは思案した。
グレイは、年老いたしわしわの顔を笑顔でいっぱいにして、 ゼンを頭からつま先まで舐めまわすように見た。 「この小僧に私の食事と日常の世話をさせるのは妙案じゃが、 アンドリュー様が何とおっしゃるか?」
「ご心配には及びません、フワン様はルオ族のすべての事柄を取り仕切っておいでです。 よって、武道館からこの者を派遣し、お屋敷に再割り当てすることができるのです。 ゼンは今となっては取るに足らない奴隷。 武道館でサンドバッグとして毎日殴られる以外に能が無いのです。 彼にしたって、フワン様の僕である方が何かと便利でしょう。 骨が折れる仕事は糞便の掃除くらいなものですから」 それを聞いたグレイは腹の中で笑いが止まらなかった。
底辺から頂点に上り詰めたグレイのような人間は、何よりも世間体、つまりメンツには非常に敏感だった。 もしルオ家の元若様に自分の糞便の掃除をさせられたら さぞかし面白いだろうと思い、 グレイは同意を示すために頷いた。
「後悔はさせやせん!」 ダレンはグレイの反応を見て嬉しそうに言い、 頷いて立ち上がると、用心棒の一人にゼンを屋敷の中に入れるよう命じた。
しかし、ゼンはまるで根を下ろしたように、 いくらダレンの部下が強引に引きずろうとしても、断固としてその場から一歩も動かなかった。