神になる
作者崔 彰寛
ジャンルファンタジー
神になる
すぐにアンドリューの目はゼンに落ち、 視線が合うと、ゼンは微笑みを浮かべた。 ひと月前、グレイを殴ったことで すぐに報復してくるだろうと思われていたアンドリューが ずっと静かに身を潜めていたのは、 この一族の武道会の日を待っているということを、 今ではゼンにもわかっていたのだ。 アンドリューは誰にも疑わしく思われることなくゼンのことを殴り殺せるようにこの武道会という名のデスマッチの相手に彼を選ぶことを計画していたに違いない。
しかし驚いたことにアンドリューはゼンを選ばず、 代わりに後ろにいた頑強な男を選んだ。
ゼンは顔をしかめた。
この頑強な中年の男はルオ一族が最近になって購入した新しい奴隷なのだ。 有罪判決を受けた囚人だったが体の内側に深刻な負傷を負っておらず、 強く健康そうで おそらく筋肉精錬の境地にあるとゼンは推測した。
アンドリューに選ばれるとその中年の男はためらうことなく 闘技場に飛び降り、 その目に原始的な激しさを帯びた。 デスマッチに逃げ道はなく、 奴隷たちにとってひるむことは死を意味し、 受け身に破滅を待つよりも全力で戦う方がましだったのだ。 それが奴隷たちにとって唯一の生き残る確率を上げる方法だったのだ。
デスマッチにおいてはたいそうなエチケットもなかった。
その中年の男が先に攻撃を仕掛け、 全力を込めてアンドリューに向かっていった。 きわめて出来上がった体を持つ彼は猛牛のように闘技場を走り抜け、 その一踏み一踏みの力は床を構成する鉄岩に音を立てて弾けさせるぐらい強力だった。
アンドリューは彼を待つ間、指で弧を形作り その手の中で紫色の光が錬成されると、不敵な笑みを浮かべた。 その中年の男が近づくと、アンドリューは彼をかわしてその紫の光を投げつけ、 そして脇に退くと、更にシタン発勁の一撃を食らわせた。
「パッ!」
シタン発勁の影響はすぐには現れなかったので、 一度アンドリューを襲い損ねた彼はすぐ動きを止め、 振り返って次の攻撃に備えようとした。
そして自分が負傷したことに気が付かないまま彼は前へ踏み出した。 「バンバンバンバンバンバンバン」 6回鈍い音がしたかと思うと、 その中年男の体の6つの場所から血が噴き出し始めたのだった。
目を大きく見開き信じられないといった表情を浮かべ、 何か言おうと口を開いたが血液がのどに詰まる音がしただけで、 徐々に目の輝きを失って彼は地面へと倒れこんだのだった。
アンドリューはパンチ1つでこの頑強な男を殺してしまったのだ!
その戦いを見ていた子供たち全員が歓声を上げ、 拍手し始める見物人さえいた。
しかしこの騒ぎの中で、ルオ家の一握りの子供たちが冷ややかな表情をしているのには誰も気が付かなかった。
アンドリューは第三分家の長男として評判が高く、 子供のころから彼がありとあらゆる強力な薬で体を精錬していることは誰もが知っていることだった。 それがこのように素早く体を精錬できた秘密であると彼らにはわかっていた。
しかしながらその進化がこれほど早いはずがなく、 アンドリューが二つ目の魔法薬を服用したということがその唯一の理由だった。 ペリンが一つ目を飲んだために残っていたのはそれだけだったが、 今やそれもアンドリューによって消費されてしまった。
ゼンはそう思うと苦々しい笑みを浮かべた。 叔父は考えられないことをしたのだ。 何百年もの間、ルオ一族ではそれらの二つの魔法薬を思い切って飲もうという者はいなかったのだが、 それが一族の支配権を奪われた途端、叔父たちにその薬をそれぞれの息子に分け与えられたなんて…
最初にペリンがその薬を飲んだと聞いた時、ゼンは心の底から怒りが沸いてきた。 しかし今、アンドリューが最後の魔法薬を飲んだと聞いても落ち着いていたのだった。
その薬は確かに強力で効果的だと言われているが、 所詮一度飲んでしまえばなくなるような消耗品、 ルオ家の場合、最初から二つしか所有していなかったらから使えるのもたったの二回きり、ということになる。
ゆえにそれを奪われても、ゼンは自分が不利な立場にあるとは感じていなかった。 もちろん魔法薬にもとても強力な効果はあったが、さっきも言った通りただの消耗品であり、その効果が発揮するのも一回きり、一方ゼンの場合、その精錬の過程はいつまでも続くものなので、 魔法薬はもう重要なものではなくなっていたのだ。 しかしだからといって、彼の叔父に対する失望が消えるわけではなかった。
ちょうどその時グレイの声が響き渡った。「最初のデスマッチの勝者はアンドリュー!」
アンドリューは手首をほぐしながら見物台に立っていたグレイに向かって叫んだ。「まだウォーミングアップ中なんです。 もう一人戦いたいんですが」
アンドリューがついに自分の仇を取ってくれるという考えに至って、グレイはひそかに心を躍らせ、 ニヤリとして返事をした。「アンドリュー、もう一人奴隷を選ぶといい」
アンドリューは振り向いて奴隷に向き合うと、 誰かを探しているように、適当に指をさしだした。 指をさされたその相手は顔を青くした。 皆アンドリューの強さを目撃していたし、 選ばれれば死から逃れることはできないと分かっていたのだ。 その指は今や死神の鎌のようで、彼に選ばれたその人物は閻魔大王に会うことになるだろう。
とうとうアンドリューの目がゼンに固定され、 挑戦するように指を動かすと笑った。「お前だ、ほら!」
アンドリューが指している方を見て、 それがゼンであることがわかると、その場にいる誰もが思わず息をのんでしまった。
奴隷にとってそのデスマッチは二つのうち一つの結果しかもたらさない。生きるか死ぬかのどちらかだ。
あの反逆の後でさえゼンはルオ一族の一員であるとみなされていたので、 他の奴隷たちに対してはそのような慈悲と思いやりは全く見せていなかったルオ家の子供たちも、 ゼンが奴隷に身を落としてから二年の間、一度も彼をデスマッチの相手に選ばなかったのだ。
しかしこの日、皆の予想を超えて アンドリューはゼンを選んだのだった。 ゼンが今日おそらく命を落とすだろうと思って不憫に首を振る者もいた。
「とうとう来たか!」
ゼンは迷いもせず、 何かを言うこともなかった。 ただ奴隷たちが立っているところから歩み出て、無表情に闘技場へと登った。 アンドリューに近づくとゼンは両手を礼儀正しく構えた。「アンドリュー様、よろしくお願いします」
「よせ、ゼン兄。従兄弟同士の俺に、なぜそんなによそよそしいんだ?」 アンドリューは獲物を見るようにゼンに目を細めてそう返事をしたのだった。