神になる
作者崔 彰寛
ジャンルファンタジー
神になる
今年の冬は異様なほどに寒く、 凍り付いた北の広大な大地から極寒の空気が流れ込み、帝国の大部分を白く覆いつくした。
綿のキルトのような大雪は地面を覆い、 ルオ家の邸宅の前にある訓練場も厚い雪の毛布に包みこまれていた。
ルオ家武道会に当たってルオ一族の使用人が訓練場の雪を片付け、 一族の子供たちが12チームに分かれて、長老が現れるのを待ちながらきちんとした列を作っていた。
この日には元々宗家の1チームと、分家をそれぞれ代表する12チームを合わせて13チームが出場するはずだったが、 二年前元宗家の消滅により、今は12チームしか残っていたなかった。
ルオ家の子供たちに真面目に訓練に励んでもらうために年に一度設けられたこの武道会は ルオ家の子供たちにとっても人間サンドバッグである奴隷たちにとっても重要な日である。
それぞれの分家チームのパフォーマンスによって、次の年の資源の配分が決まるのだ。 いいパフォーマンスを見せれば、当然のことながらその勝ち抜いた分家が、体の精錬速度を向上させる有用な錠剤や、傷を素早く治癒させる若返り薬など、より多くの資源を手に入れることができる。
奴隷にとっては、この日が彼らの生死と自由を決定する日である。
ゼンとほかの奴隷たちは訓練場へと向かった。 今日は、すべてのサンドバッグが深刻な表情を浮かべ、 それぞれがその日の重要さを認識しているために、 その決意がはっきりとその表情に目に見えるようだった。
奴隷たちにとってこのデスマッチは、自由な生活か死かという二択でしかなかった。
しかしルオ家の子供たちにとってこれはデスマッチなどではなく、単なる試練であった。 勝てば彼らは褒美を手に入れて家族全体から支援を得られ、 負ければただ恥ずかしい思いをするだけだった。
エリートの子供たちのほとんどがすでに力をつけており、 技術とパワーの両方において平凡な者たちよりは優れていた。 しかし彼らの多くは実戦経験が少ないために、ここ一番の勝負で緊張やストレスで実力を完全に発揮できない、もしくは凡ミスを犯す者も少なくはなかった。 そういうわけで、エリートでもこの決闘で自分より弱い者に負けることはよくあることだった。
そもそものこのデスマッチのルールに隠された意図は、ルオ家の子供たちと熱心に戦うために、奴隷たちをやる気にさせその潜在能力を最大化することだった。 これだけがルオ家の子供たちにとって実際の戦闘の訓練を体験する方法だったのだ。
奴隷が到着してほんの数分のうちに緑のローブを身に着け、翡翠のように滑らかな長いひげを蓄えていた中年の男がやってきた。 来者は他でもないゼンの叔父、ケン・ルオであった。
彼を目にした途端ゼンの目に憎悪が浮かんだ。 どれだけ謙虚な紳士のふりをしていようと、 己が長兄、ゼンの父に罠を仕掛けて死に追いやった事実は変えられないのだ。 ゼンにとっては彼はただの偽善者に過ぎない。
願わくば今にでもケンをぶっ殺しにかかりたいゼンだが、 何せ相手は相手で、臓器精錬のマスターであるケンに手を出したところで返り討ちに遭うだけだと彼もわきまえていた。 内臓を徹底的に精錬されたケン の拳威は古代の鼎の重さに匹敵するするという。 更に虎やヒョウをも素手で引き裂け、その肉付きの良い拳で万里の長城を破壊することができると言われていた。
高い台に立つと、ケンは深呼吸してこう言った。「今日はいい知らせがある。 我が甥、ルオ一族の若き主ペリンは、晴れて青雲宗に認められ、 内弟子として入門するそうだ」
ケンの声は大きくはなかったが、誰もがそれをはっきりと聞くことができた。 臓器精錬のマスターであるからその内臓が共鳴し、 ささやいただけでもその声は鮮明なのだ。
その知らせを耳にした途端ルオ家の子供たちの顔に羨望が浮かんだ。
ペリンが青雲宗に入門するのは、別に驚くほどのことではなかった。 青雲宗の弟子たちは多くのレベルに分けられ、 たとえ多くのライバルを打ち負かし、すべて試験を勝ち抜くほどの ツワモノでも、手に入れられるのは外弟子の地位だけであり、 その外とは「部外者」、つまり永遠に本当の弟子として一流の武術訓練を受けることができないことを意味していた。
確かにただ入門するだけではさほど驚くほどのことではないが、しかしペリンが外弟子ではなく、内弟子として特別入門するのは まさに山の芋鰻になるようなことであり、 彼らが嫉妬するのも不思議はないことだった。
ゼンもまた同じように考えていた。 ペリンが飲んだ魔法薬は、青雲宗が彼を内弟子と認めるのに役に立つほどに効果がある強力なものだったのだろうか?と、 心配して不安になった彼は拳を握り締めた。
叔父がまだゼンを殺していない理由は、ルオ一族にとって脅威ではないと思っていたからだったが、 しかし並外れた才能を持っているヤンは違う。 彼女は間違いなく脅威であった。 反逆があったとき彼女は青雲宗にいたために逃げおおせたが、 しかし今ペリンも青雲宗に入門するとなれば、その存在は間違いなく彼女にとって疎ましいだろう。 妹に脅威が迫っていると思うと、ゼンは一刻も早く自分も青雲宗に行かなくてはいけないと思ったのだった。
「ペリンは一族の誇りだ。 しかし彼の成績にばかり目を向けていてはならない。 今日は武道会の日だ。 諸君には決闘の相手となる奴隷を選んでもらう。 この決闘で奴隷に勝利すればその者は来年、通常より二倍の量の精錬薬を手に入れることができるし、 さらに毎月の手当も二倍だ。 もちろん他の賞与や、紫の薬も…」
決闘の勝者に提示されるという魅力的ないくつかの見返りを耳にして、ルオ家の子供たちはざわつき始めた。 その興奮は目に見えるものだった。
しかしながら奴隷たちは暗い表情をしていた。 見返りが大きければ大きいほど、決闘はより厳しいものになる。 欲に駆り立てられたルオの子供たちはさらに冷酷さを増し、 もともと低かった奴隷たちの生存率も、今やさらに低くなっていた。
話しを終えると、ケンは後ろに下がり高みにある椅子へと腰を下ろし、 代わりに執事であるグレイが高台に上がって 奴隷たちを見まわしゼンに目を向け、 「小僧!今日こそ死んでもらう!」、と目に悪意が光らせたのだった。
それが済むとグレイは声を大にした。「さあ、ルオ家の者たちは相手を選び始めなさい。 最初に戦うのは第三の分家の長男であるアンドリュー・ルオだ!」
アンドリューは決闘場に飛び降りると 父親であるケン・ルオに敬礼し、そして相手を選ぶために振り返ったのだった。