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第3章第3章 武器精錬の法
其の壱
文字数:3076    |    更新日時:20/02/2021

没落して奴隷になったり、ルオ家の子供たちのサンドバッグにされたり、魔法薬をぺリンに奪われたりしたことなどは、もはや重要ではなかった。

しかしその妹、ヤン・ルオがまさに彼の最大の弱点である。

ヤンは、ルオ家元嫡流の唯一の希望だった。 類まれな才能を見染められた彼女は、青雲宗に弟子として選ばれ、13歳で家を出た。 そうしてルオ家のお家騒動から生き延びたのも、ヤンただ一人だったのだ。

過去の2年間、奴隷という身分のせいで、ゼンは妹の居場所について何も知ることができずにいたが、 ペリンがヤンの近況について言及したので、ゼンは彼女が無事でいるのか不安で仕方なかった。

妹のことで思案に暮れていたゼンは隙だらけで、ルオ家の子供たちから何発もの重いパンチを受けていて、 何度も打ち負かされた後、やっと正気に戻った。

やがて夕方になり、耐え難いほどの痛みに襲われた彼は、 足を引きずりながら地下室に戻った。

「これでも飲んでおけ!」 執事は、去り際にゼンに薬を投げつけた。

結局のところ、人間サンドバッグは鋼製ではないから、 創傷治癒薬を服用しなければ、彼らは数日後に身体内部の損傷で死ぬだろう。 そのため、執事は奴隷どもに薬を配布し、できるだけ早く回復させるよう手助けをしたのだ。

とはいえ、これらの治療薬の効き目には限りがあった。

ゼンは紙袋を開けると、中に錠剤が1つしかないのを見て驚いて、 「ダレン・ファン! なぜ薬が1つしか入っていないんだ?」 と尋ねた。

「薬があるだけでもありがたく思え! それとも何か? まさか、足りないとでもいうんじゃないだろうな?」 と執事は嘲るような笑みを顔に浮かべた。

「毎日治癒薬を各奴隷に3錠配布するのが規則だろうが。 だが、僕の分は1錠しか入っていない。 お前絶対薬を着服してんだろ! これはルオ家では重罪だと知っときながら よくもそんなことができたな?ダレン・ファン! 死を恐れていないのか?」 ダレン・ファングに目を向けると、ゼンは叫んだ。

「そりゃあ、 死ぬのは怖いが、お前のことなどこれっぽちも怖くないさ。 ただの奴隷だからな。 奴隷に何ができるって言うんだ? 謀反でも起こす? だいたい、前からお前の態度が気に食わないんだよ! まだ若様気どりか? 鏡を見て、現実を思い出せよ! ギャハハハ!」 ダレンは常日頃からゼンを嫌っていて、この機を逃すものかと元若様を侮辱した。

執事から侮辱を受け、 ゼンは怒るどころか、逆に冷静になった。 怒りに任せるのではなく、澄んだ目、揺るぎないまなざし、そして無表情な顔を通してその憎しみを伝えるつもりでいた。

その構えが効果をなしたようで、ダレンはゼンの反応を不快に感じながらも、 その目に火が舞っているのに気付き、恐れをなした。 だが、彼は後ずさりする代わりに、ゼンに近づき、彼の胸を小突いた。「なんだその目は! 喧嘩を売ってんのか? まともに戦ってもおめえに勝ち目なんてねえんだよ!」

しかし次の瞬間、ゼンが胸から突然放った強烈な力 による波動に襲われた、さっきまでドヤ顔をしていたダレンは体が震え、 膝も崩れ、よろめきながら地面に倒れた。

「こ… この… 奴隷の分際で、 俺に歯向かうってのか!」 立ち上がったダレンは、威厳を保つように威張るも、 そのパニックに陥った表情は彼の怯えた本心を丸出しにしていた。

ゼンは2歩前に出て、手の指をバキバキ鳴らしながら、「ルオ家の血筋でもない執事ごときも、僕に向かってそんな口が利けたのか。 本当にお前を倒せないとでも思ってるのか?」

ダレンはもはやこの場に留まりたくなかったので、 向きを変え、一目散に逃げだし、 そしてゼンを睨みつけながら地下室の鉄の門がガチャをガチャと閉めた。

「弱い犬ほど よく吠えるもんだな!」 ゼンは首を横に振ると嘲笑し、 執事の相手をするのは時間の無駄だと思った。

彼は静かに腰を下ろし、着火剤を取り出して石油ランプに点火し、適当に本を数ページめくったが、 妹のヤンとぺリンが言ったことばかり考えてしまい、 居ても立ってもいられず、集中できずにイライラした。

「もうこれ以上ここに留まることはできない」 そう思いながら、自分の窮地について考え、眉をひそめた。 「やっと筋肉精錬の境地に達したところの僕が、 ヤンを救うために青雲宗に行くどころか、この地下室を離れることでさえ困難だ」

そう思うとゼンの胸は締め付けられ、心拍は速くなっていき、 まるで、逃げ道を見つけようとしている落ち着きのない獣のように 小さな地下室の中を行ったり来たりしていた。

この2年間で、運命を受け入れるしかないことに気付かされ、 もう、別の選択肢を考える気力も無かった。 時が経つにつれ、自分の才能と自信まで奪われてしまったように感じていたからだ。

最終的にそれは、完全な自己不信につながった。 「今の僕はただの奴隷だ。 ルオ家の子供たちのサンドバッグになることを余儀なくされたせいでここ二年体はよくなる一方だし、 しかも地下室に戻った後怪我のせいで練習もできないし。 このままここに居れば、遅かれ早かれあのガキどもに殺されてしまう。 なにか思い切った手を打たなければ」 ゼンは部屋の中央に突っ立って、自分の置かれている状況を理論的に考えていた。

しかし考えれば考えるほど、不安だけが強まり、 そして、あの「天論憲問」というつまらない本が静かに横たわっているテーブルの方に視線を向けた。

「正論とか綺麗事ばっか述べやがって、このゴミ本が! こんなゴミに従って生きてきた僕も、父も、みんな失敗した。 こんなもの読んでも 意味がない」 怒りと無力感に苛まれて、 足を踏み鳴らしながらテーブルに向かって歩いて行くと、ゼンは乱暴に本をつかみ、それを燃やそうとランプの上に差しかざした。

すると炎に包まれた本を見ながらゼンは笑っていた。

しばらくして、彼はまた本を燃やしたことを後悔し、絶望して囁いた。 「おい、ゼン、どうして本に八つ当たりしたんだ? ただ人に常に善であるべきだと教え、 世の理を示し、恥ずべきことを知らせてくれたこの本に、なんの罪があるってんだ! 本当に罪があるのは、己の逆境を本のせいにして、 ただ他人の意のままに翻弄される何の力もねえ、抵抗もしねえてめえの方だ!」

だが残念なことに、本はすでに灰の山と化していた。

突然、灰から金色に閃く一筋の光が見えて、 ゼンはしばらくの間、唖然とした。

「なんだこれ?」

禅は灰をかき分け、光を発した小さな金片を拾い、 このいきなり出てくる薄い金箔をまじまじと見た。

本を読んでいた時には、この金箔はどこにも見当たらなかったから、 おそらく本の内層に隠されていたのだろう。

たかが金箔一枚に何ができるだろう。

ルオ家のような豪族にとっては、金は粘土と同じくらい無価値なものにすぎないのだ。

しかし、ゼンが金に焦点を合わせたその時、突然奇妙な幻影が現れた!

金箔には、おたまじゃくしのような形をした無数の文字が刻まれていたが、 ゼンにはそれが何を意味しているのか分からなかった。

それでも、文字を一つ一つ目で追っていると、突然手の中で金箔が粉々に砕け散り、 するとそれぞれに文字が刻まれた何千もの小さな金箔のかけらが、彼に向かって一斉に飛んで来た。

そのかけらが向かう先は顔、目、首、腕、胴体、脚…

そうして、ゼンの身体のすべての部位は、その小さな金箔のかけらで覆われてしまっていた。

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