愛しているから
今は故郷から遠く離れてしまったけれど、帰省する時は新幹線と決めている。 飛行機は早いけれど、飛行場から実家まではさらに2時間かかることを考えたら、駅から10分で済む方が早い。
走り抜ける景色を、車窓から1人眺める。 だんだんと景色が変わると、不思議と空の色や流れる風までが変わっていく。 懐かしい空気に深呼吸をして、終点の駅に降り立った。 私が今住んでいる所より、乗客はとても少なく、慌てて降りていく人もほとんど見かけない。 この、どこかのんびりとした時間の流れも故郷に帰ってきたことを知らせているみたいだ。
「おーい!渡辺!こっちこっち!」
改札を抜けたところで、Facebookで連絡をとった溝口君が待っていてくれた。
クルクルとした天然パーマは、あの頃と少しも変わらなくて、すぐにわかった。
「ホントに迎えに来てくれたんだ、ありがとう!」
「なんだかんだでここらも、変わったからなぁ。昔よく行った店も無くなってしまったよ。待ち合わせしようにも、どこがいいかわからなくてさ、結局ここまで来ちゃった」
「私はとても助かるけどね」
「とりあえず、話せるところに行こうか?少し走れば、喫茶店かファミレスならあるから」
「うん」
荷物持つよ、とさりげなくバッグを持ってくれた。
「ホントだね、駅の中も昔と全然違うよ」
「だろ?俺はまだ地元だからいいけどさ、たまにしか帰って来ないやつは、来るたびに驚いてるよ。人口は減っていってるのにね」
「そうか…廃校だもんね…」
溝口の車に乗り、国道を南へ向かった。 廃校になったとはいえ、校舎があった場所が近づくとなんとなく昔の面影が残る場所もあった。
_____誠とよく、この歩道橋を歩いたなぁ…
暮れかかった空は、あの頃とひとつも変わらないように見える。 私はこんなに変わってしまったのに。 そして、誠と浩美は、もういないというのに。
しばらく走って去年、新しくできたという喫茶店に入った。
「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」
少し言葉に訛りのある店員が迎えてくれた。
「奥がいいかな?」
「そうだね」
一番奥の席に座る。 今走ってきた国道が見えて、その向こうに校舎があった傾斜地が見えた。
「ホットでいい?」
「うん」
「じゃ、ホット二つ」
「はい、かしこまりました」
店員が奥へ入って行った。
私は、バッグからあの封筒を取り出した。
「これが届いたんだけど。信じられなくてね。突然連絡してまったの」
「いや、連絡はうれしかったよ。こんなことでもなきゃ連絡もしないからさ」
「誰かに確認したかったんだけど、思いついたのが溝口君だった」
「そうだね、俺が一番、あの2人のことを知ってるかもしれない。でも、当人に確認したわけじゃないから、事実かどうかもわからないこともあるけどね」
「事実かどうかも、もう確認できないんだよね…」
運ばれてきたコーヒーを、そっと飲む。
_____誠はブラックが好きだったな
そんなことを思い出した。
「優子はどこまで聞いてる?誠たちのこと」
「どこまで…?記憶にあるのは、誠は私と別れてこっちに帰ってきて、運送屋さんで働いてたよね?旅費を貯めてブラジルに行くって言ってた。それが確か、24才くらいだったかな?」
忘れそうになっていた誠との記憶をたどる。 二十歳になった頃、私はまだ結婚したくないと誠に話した。 仕事も面白くなってきたし、何より色んな人と知り合ったことで、誠よりも魅力を感じる人がいたからだけど。 誠は、今の仕事が合わないし絵を描くことを諦めきれないと、退職してこっちの故郷に帰った。
浩美は、デザイナーの専門学校に行ってそのままデザイン関係の仕事に就いた。 けれど、人間関係がうまくいかず、心を病んでこっちに帰ってきた。
「おそらく…、2人が同じ頃に故郷に帰ってきて、そして付き合うようになった…かな?」
「あいつらが付き合ってたことは知ってたんだね」
「律儀に手紙で報告してきたもの、私には関係ないことだと思ったけどね。まぁ、あの二人らしいけども」
私は、高校生だった当時のことを思い出していた。
何に対しても真面目で誠実だったと思う、誠も浩美も。
「誠は、どうしても画家になりたいって言ってさ。ブラジルにいる日本人画家に弟子入りするって言ってた。夢を叶えるためにって仕事も人の倍はやってたな」
「そうなんだ、誠らしいね」
「そうだね、アイツは思い込むと一途なとこあるし。浩美が帰ってきたのは誠の少し後だったかな?」
「心を病んでしまったと、手紙には書いてあったよ」
「そうだった、あのきゃぴってた浩美がね、生気がなくて表情がなくなってた。その少しあとにクラス会があったんだよ、地元に残ってる人間だけの小さなやつね。その時に浩美と誠は再会したのかなぁ?そこはハッキリとはわからないけど。最初は浩美に寄り添うようにしてた、励ますというか見守るというか。兄と妹みたいだなって思ったよ」
「あ、私もそう思ったことある。あの2人にはそんな親密さがあったよね?昔から」
「昔?高校生の時から?」
「うん、仲良かったんだよ、でも男女としての感じじゃなくて、兄妹みたいな」
「そういえばそうだったかもな。とにかく、仕事がない時はずっと浩美の家に行って 浩美と過ごしていたみたいだよ」
浩美の家は、赤いとんがり屋根と白い壁、花壇にはいつも花が咲いていて、童話の世界みたいだと思った記憶がある。
_____そうか、あの家に誠は行ってたんだ
誠は、誠実だった。
誠は、優しかった。
誠は、正直だった。
誠は…。
でも、そんな誠のことを物足りないと感じたのは私。 私があっちで楽しくやってる頃、誠と浩美はどんなふうに過ごしていたのだろう?
誠と浩美が二人で過ごした時間を、知りたくなった。
何故、同じ日に亡くなったのか。
何故、幸せにはなれなかったのか?
「ね、溝口君、誠と浩美のお墓ってわかる?連れて行ってくれない?」
「あぁ、いいよ」
私は、今はもう会えない元彼と親友のもとへ行くことにした。