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私の世界のすべては、桐谷蓮を中心に回っていた。兄の親友で、人を惹きつけてやまないロックスターの彼に。
十六歳の頃から、私は蓮に憧れていた。そして十八歳の時、彼の何気ない一言に、藁にもすがる思いでしがみついた。「お前が二十二になったら、俺も身を固める気になるかもな」
その冗談みたいな言葉が、私の人生の道しるべになった。すべての選択は、その言葉に導かれた。二十二歳の誕生日こそが、私たちの運命の日だと信じて、すべてを計画した。
でも、下北沢のバーで迎えた、その運命の日。プレゼントを握りしめた私の夢は、木っ端微塵に砕け散った。
蓮の冷たい声が聞こえてきた。「マジかよ、沙英が本当に来るとはな。俺が昔言ったくだらないこと、まだ信じてやがる」
そして、残酷すぎる筋書きが続いた。「怜佳と婚約したってことにする。なんなら、妊娠してるって匂わせてもいい。それでアイツも完全に諦めるだろ」
プレゼントが、私の未来が、感覚を失った指から滑り落ちた。
裏切りに打ちのめされ、私は冷たい東京の雨の中へ逃げ出した。
後日、蓮は怜佳を「婚約者」として紹介した。バンド仲間が私の「健気な片想い」を笑いものにする中、彼は何もしなかった。
アートオブジェが落下した時、彼は怜佳を救い、私を見捨てた。私は重傷を負った。
病院に現れた彼は「後始末」のためだった。そして信じられないことに、私を噴水に突き飛ばし、血を流す私を置き去りにした。「嫉妬に狂ったヤバい女」と罵って。
どうして。かつて私を救ってくれた、愛したはずの人が、こんなにも残酷になれるの?
なぜ私の献身は、嘘と暴力で無慈悲に消し去られるべき迷惑なものになったの?
私はただの邪魔者で、私の忠誠心は憎悪で返されるべきものだったの?
彼の被害者になんて、ならない。
傷つき、裏切られた私は、揺るぎない誓いを立てた。もう、終わり。
彼と、彼につながるすべての人間の番号をブロックし、縁を切った。
これは逃避じゃない。私の、再生。
フィレンツェが待っている。壊れた約束に縛られない、私のための新しい人生が。
第1章
福岡の空気は、いつも音楽の熱気に満ちていた。「MIDNIGHT HOWL」が演奏する夜は、特に。
私は十六歳で、桐谷蓮は二十二歳だった。
彼は兄、健司の親友で、バンドのリードギター。
カリスマがあって、どこか影がある人。
私は彼に、どうしようもなく夢中だった。
ただの憧れじゃない。彼がそばにいるだけで、世界がぐらりと傾くような感覚。
バンドの練習には、いつもクッキーを焼いて持っていった。チョコチップを多めに入れた、蓮が好きなやつ。
初期のライブポスターも描いた。言葉にできない想いを込めて、鉛筆を走らせた。
彼が書いたすべての曲の、すべての歌詞を知っていた。
十八歳の誕生日。
私は高校三年生で、美大の願書も出し終えて、東京での夢に胸を膨らませていた。
でもその夜だけは、福岡のことしか考えられなかった。「Live House B-SIDE」のステージを熱狂させる、「MIDNIGHT HOWL」のことだけ。
ライブの後、健司がバックステージでこっそりシャンパンを一口飲ませてくれた。
背徳と、ほんの少しの勇気の味がした。
その勇気だけで、蓮を探した。汗で濡れた黒髪、ローディーと話しながら浮かべる気だるい笑み。
心臓が激しく脈打った。
「蓮さん」
彼が振り向く。そのクールな視線が、私を捉えた。
「よお、沙英。誕生日おめでとう」
言葉が、堰を切ったように溢れ出した。不器用で、心の底からの叫びだった。「蓮さんのことが、ずっと好きです。何年も前から」
そして、シャンパンと長年の希望に背中を押されて、私は彼にキスをした。
一瞬の、ぎこちないキス。
彼は避けなかったけど、応えてもくれなかった。
顔を真っ赤にして離れると、彼は面白がるような、少し呆れたような表情で私を見ていた。
そして、わしゃわしゃと私の髪をかき混ぜた。その仕草は、優しさと、突き放すような冷たさが同居していた。
「お前はまだガキだな、沙英」
心が沈んだ。
「まあでも」彼は続けた。飲んでいたビールのせいで、少し舌がもつれている。「お前が大学を卒業して、まあ、二十二にでもなったら…もし、まだ俺のことを好きでいてくれるなら…俺もそろそろ、いい子と身を固めたくなるかもな。そん時は、考えてやるよ」
彼は冗談みたいに、軽く言った。
でも私は、その言葉に命綱のようにしがみついた。
二十二歳。それは、約束に聞こえた。
四年。
私はムサビに合格した。グラフィックデザイン科。
東京は私を丸ごと飲み込んだ。授業と課題の嵐、そして福岡への、蓮への、鈍い痛みを伴う郷愁。
彼の「約束」は、私の秘密のタイムリミットになった。
「MIDNIGHT HOWL」のささやかな成功を、遠くから追いかけた。彼らの曲は、深夜に課題と向き合う私のサウンドトラックだった。
二十二歳の誕生日を、私は綿密に計画した。
それはただの誕生日じゃない。締め切りであり、新しい世界への扉だった。
架空のアルバムジャケットまでデザインした。私たちが迎える未来を、形にしたもの。
馬鹿げているとわかっていたけど、それが重要に思えた。彼への、プレゼント。
二十二歳。
その日は、ついにやってきた。
「MIDNIGHT HOWL」は、メジャー契約をかけた業界向けのショーケースライブのために東京に来ていた。
茶色い紙で丁寧に包んだ「アルバムジャケット」を握る手が、震えていた。
彼らはライブ前の打ち合わせを、下北沢の流行りのバーでしていた。
私は早く着きすぎた。期待と緊張で、胸が張り裂けそうだった。
薄暗い店内は、古くなったビールと新しい野心の匂いがした。
奥の半個室のブースに、彼らがいた。蓮、健司、他のバンドメンバー。
そして、知らない女が一人。蓮にぴったりと寄り添っている、気の強そうな女。
邪魔をしたくなくて、私はためらった。
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