甘やかされた女
エミリーはジャックに恐怖を抱いた。彼がなぜこれほどに怒っていて、暴力的で、無理矢理にレイプも厭わない状況を想像もしていなかったからだ。 ジャックが体重全てをかけてエミリーを乗っかっているにもかかわらず、エミリーは必死に彼から逃れようとした。 「離れて!触らないで!」
野獣のように狂ったジャックにレイプされようとしている今、エミリーにはこれを回避できる可能性はゼロに等しかった。
「なぜ触れてはいけなんだ? エミリー、君はもう汚物やキズモノの商品と同じなんだよ。 ‐
ジャックは激しく叫んだ。その目は怒りに満ち、まるで生贄を食するかのような目つきでエミリーを凌辱する。
その時だった。突然、ジャックの車の後ろから甲高いクラクションが鳴った。 二人はともにそのクラクションに驚いた。
その一瞬の隙をついて、エミリーはジャックの股間を狭い隙間の中でも思いっきり蹴り上げた。
「うあぁぁぁ…。」 ジャックはギンギンに張られた帆を折られ、あまりの痛みにその声は泣き声にも聞こえ、目を閉じて悶えている。
エミリーは彼を跳ね除けるようにどかすと、パニックになりながらも素早く服を集めて車から降りた。 彼女はまるで悪魔に追われているかのように、周囲に目もくれず、できるだけ速く走って逃げた。
ジャックはエミリーが徐々に遠くに消えていくのを見つつも、どうしようもい痛みに悶え苦しんでいたため、エミリーを追いかけることはできなかった。 「エミリー…。」それは、ジャックに残された力と精神の最後の言葉。残された怒りを必死にかき集めて発した叫びだった。
それでも彼は「はい、そうですか」と簡単にエミリーと別れることを受け入れられなかった。 自分が愛した女性に裏切られたという事実と、自分がエミリーを味わう前に別の男性にその一番美味しいところを持っていかれたという怒りに。 エミリーとエミリーの新しい恋人が自分に犯した代償を払わせるとジャックが心に決めたとき、復讐の暗い炎が彼の中で燃え始めた!
ジャックがこの決心でふと我に返えると、エミリーへのレイプを止めた甲高いクラクションを思い出した。 ジャックは車から降り、水を差した忌々しい車を探した。
が、すぐにジャックは道端で凍り付いた。それほど遠くないところに見覚えのあるマイバッハが停まっていた。 ジャックは車の所有者が誰であるかをもちろん知らないわけはない。瞬時に気が遠くなった。
彼の予想通り、石のように硬い表情をし、海をも凍らせるような冷たい視線をジャックから離すことなく、男性がマイバッハから降りて彼に向かってきた。
ジャックは手ぐしで髪を整え、シャツの裾を引き、ズボンのウエストを引き上げ、自分に向かってくる男性を待つしかなかった。
そう、それはジャックの祖父の養子であり、ジャックの名目上の叔父であるヤコブ・グーだった。 叔父といってもヤコブはジャックより3歳年上なだけだ。 ヤコブはまだ若かったが、すでにグー一族の家業の最高経営責任者を務めていた。 ジャックの耳にも叔父であるヤコブは押しの強い面があることは聞こえてきており、内心ではヤコブのことを尊敬し憧れていた。
「ヤ、ヤコブ叔父さん…ど、どうして…。」なぜヤコブが今ここにいるのかジャックには想像もつかなかったが、それでもなぜか、ジャックは罪を犯したような不安を感じていた。
パーーーーン!!
ジャックの言葉は、まっすぐ向かってきて、思いっきりジャックの頬を張ったヤコブに止められた。
ジャックは茫然自失。ヤコブのビンタにただただ立ちつくすのみだった。 「ヤコブ…叔父さん…?」
ジャックが何を言おうとも、ジャックへの失望とヤコブ自身のことを説明する気などヤコブにはさらさらなかった。 ヤコブはひと言も発しないまま、ビンタに続いてジャックの腹部を素早く強く蹴り上げた。
ジャックはバタリと地面に倒れ、身悶えしていた。 ヤコブへの尊敬の念はあったが、理由を説明されるでもなく、ただ殴られることはジャックにとって不本意なことだった。 「…ヤコブ…叔父さん…どうしたっていうんだよ…。」ジャックはか細い声でヤコブに尋ねた。
ジャックのその言葉はヤコブの火に油を注ぐことになった。ヤコブはジャックを殴り殺さなんほどに、彼を蹴り続けた。
ジャックは自分が叔父ヤコブに到底及びもしないことはわかっていた。一族内におけるヤコブの地位を考え、ジャックは反撃することをあえてしなかった。 ジャックは歯を食いしばり、次々と繰り出されるパンチやキックに耐え、ついに気を失ってしまった。
それでもヤコブは後ろ髪を引かれる思いでその場を去った。彼は何も言わずジャックを道端に残したが、サムがジャックを病院へ連れて行った。
病院で治療を受けるも、ジャックはしばらくの間いたるところに傷を負ったままだった。 ‐そのうえ、ヤコブがなぜジャックにそこまで怒りをぶつけてきたのか、まだジャックは知る由もなかった。
実際のところ、ヤコブはいつもジャックにとても親切で、きちんと高等教育を受けさせ、グー一族としての特権も与えていた。 その証拠に、ヤコブは、一族の顔に泥を塗るようなことをしない限り、ジャックの非常識な悪事にも目をつぶってきた。
まさか、先日、売春防止法の件で警察に一時拘束されたことがヤコブの耳に入ってしまったのだろうかとジャックは考えた。
考えれば考えるほど、それしかないと彼は思うようになった。 ― そうだ。それ以外に理由などない。 ―ジャックは自分で自分に結論付けた。 あの合理的で論理的思考のヤコブである。赤の他人であるエミリーのために自分をここまで痛めつけるなど、明らかに時間の無駄だと考える人間だとジャックはヤコブはについて考えたからだ。 あぁ、なんとしたことか!
ジャックはヤコブに対して本当に頭が上がらない状況になってきた。 しかし、ことエミリーに関しては…。 どうして彼女が裏切りなどしようとは! ジャックは恋人エミリーを抱いた男を打ちのすために、彼女のまだ見ぬ恋人を探し出すことを心に決めた!
エミリーはジャックが入院している数日間は嫌がらせなどされず、平穏な暮らしを取り戻していた。 しかし、エミリーとジャックの破局のニュースは瞬く間に彼女の会社中に広まった。それに加えて、 ローズの嘘のおかげで、エミリーは会社の皆に“自分の恋人ををだました恥知らずな女”というレッテルが貼られ、ローズとの友人関係も破綻したのだった。
エミリーは落ち込むどころか「ローズは自分のことを話しているか?」と嘲笑していた。 だから彼女は沈黙を通した。 なぜにローズは誰にでも噓をつくことができ、なぜに自分で自分の価値を下げるような悪質で恥知らずなことができるのかと。そうエミリーは考えていた。
ローズのことを無視し、エミリーは言い訳もしなかった。なので、とにかくローズの流した噂の影響をまともに受けた。 エミリーの会社での影響は降格だけではなかった。 ファ氏の指示でローズのアシスタントの1人にされてしまった。
ローズは有頂天。エミリーに仕事でも勝ったと確信し、この上ない満足感に浸っていた。 というのは、エミリーがローズよりもはるかに才能あるジュエリーデザイナーであることに嫉妬していたからだ。 それがどうしたというのか? ローズはエミリーの降格を知って笑いが止まらない。 これからエミリーは自分の命令に異を唱えることなく従わなければならない!そう想像すればするほど、ローズのニヤニヤは止まらない。
さっそくローズは行動にでた。わざとエミリーに多くの仕事を振り分け、エミリーは残業を強いられることとなった。
やっとエミリーが仕事を終えると、時計は午後9時になろうとしていた。 エミリーが退社しようすると、すでに社員全員が退社しており、自分が最後の1人だということに気づいた。
エミリーがバッグを持ち退社しようとすると、どうやらオフィスのドアが外からの施錠されているようだった。
ローズの仕業であることに疑いの余地はなかった。
そして突然”ポン”という音がすると同時にエミリーは息をのんだ。その音とともに、 オフィス全体の明かりが消え、オフィス内が暗闇に包まれたからだ。
エミリーの血の気が引いていく。 彼女は暗闇にトラウマがあった。幼い頃誘拐された経験があり、暗闇はその経験を思い起こさせた。エミリーは子どもの頃から暗闇に対する恐怖に苦しんできた。
ローズはエミリーのトラウマをもちろん承知していた。
目が慣れてもオフィスは暗すぎて何も見えなかった。 エミリーは冷静に深呼吸をしてパニックにならぬように落ち着き、自分のバッグからスマートフォンを取り出してアドレス帳をタップした。
エミリーはとりあえず何名かの同僚に助けを求めたが、同僚らはまるで判を押したような同時言葉をエミリーに言い電話を切った。 同僚への根回しも、ローズの関与を否定する余地はなかった。
エミリーは友達が少なかった。運の悪いことに、その数少ない友達も、皆、バラバラかつ遠方に住んでいた。
エミリーの頭にジャックの名が浮かんだ。もちろん彼女はためらった。しかし、それでもジャック電話をかけ、 少しでも昔の恋人を思い助けてくれることにエミリーは一縷の望みをかけた。
しかし一縷のその望みも一瞬で消え去った。ジャックの電話にでたのはローズだった。
ジャックを呼びながら、ローズは喘ぎ声のような吐息をもらしていた。もちろん、ローズはエミリーを挑発し、 ジャックとの関係の深さを見せつけようとしている意図もエミリーは感づいていた。 エミリーの耳にはまた、ローズの声のうしろからジャックの喘ぎ声も聞こえていた。
2人の声に嫌気がさしたエミリーは、嫌悪感を抱きつつ電話を切った。
やはりジャックに助けなど求めるのではなかったとエミリーは後悔した。
少しの間、そんなことを考えていたエミリーだったが、壁に腰を下ろしたはいいがこれ以上誰に助けを求めるべきかもわからぬまま、電話だけをしっかりと握りしめていた。
エミリーはオフィスを乗っ取った暗闇と不気味な静けさに心が負けそうだった。 刻々と時が過ぎるほどに恐怖が彼女の心を占めてゆく。 幼い頃に負った心の傷は、エミリーに暗闇に対する恐怖という後遺症を与え、 これまでに何度もエミリーはこの恐怖に苛まれてきた。まるでエミリーを乗っ取るかのような絶望感と恐怖心が彼女の心を占めてゆき、呼吸困難にまで陥った。
「ダメだわ。これ以上ここにいられないわ…。」 エミリーの額から、ビーズのような玉の、変な汗が流れ始めた。動揺が強くなる。 エミリーは「ヤコブ」という名前が現れるまで、スマートフォンを握りしめながら、画面を上に下にスクロールするのだった。