甘やかされた女
「ジャック、そんなに怒らないで。あなた自身のことを傷つけてほしくないの ...」 ローズは、ジャックに媚を売るための努力を惜しまなかった。 ジャックの一番目の女になるために戦ってきた彼女は、言うまでもなくしたたかな女だ。
ジャックは、自分がローズの官能的な肉体が欲しいのが否定できなかった。もはや彼女に夢中になっていることを隠そうともしない。 「今日は何がほしい? 服? ジュエリー?」 彼がローズに聞いた。
エミリーは、今まで一度も彼に高級品をねだったことがなく、いつも彼にお金を使わせないように気をつかっていた。 エミリーは絶対的に、理想的な妻として最適な選択だったが、裏腹に、彼女はジャックの男としてのプライドや信頼を完全に裏切っていた。 その首にあるキスマークが、雄弁な証拠だ。
「いやだわ、私はだたあなたのこと心配してるの」ローズは甘えん坊の子供のようにジャックの腕に体を密着させた。
「へえ?」 ジャックは目を細め、冗談を言った。「君が、俺に何かしてほしいんじゃないかと、思ったんだけど、 違うなら忘れてくれ」
ローズはジャックの言葉を聞き、不安になった。 しかしすぐ言い返した。「また私の心を読んでくれたわ。 本当にささいなことなんだけれど。 あなたって最高よ、ジャック。 助けてほしいの」
ジャックはすぐには返事をしなかった。 彼は眉を上げ、「いったいどんなことかな」と言った。
「ジュエリーデザインコンペティションで最終選考まで勝ち残ったの。 でも、 自信がないの。 ジャック、お願い、私のために何かできないかしら?」
「エミリーもそのコンペティションに参加してるのか?」
ローズはうなずいて、「ジャック...」と声を漏らしつつ、彼の顔色をうかがっている。
「それは君のパフォーマンス次第だ」エミリーの顔が脳裏に浮かび、彼は冷笑した。
ローズの味方をすることが、彼を裏切ったエミリーへの復讐につながるのであれば、ジャックは全面的にローズを手助けしようと決心した。
静かに時が流れ、最終選考の朝がやってきた。 最終選考の候補になったデザイナーは、代理受験などの不正を防ぐために、各自指定されたホテルに滞在していた。 コンペティションの公平性と安全性を確保するために、一連の厳格な措置がとられた。
エミリーは自分の部屋を見つけ、バッグをわきに置いて、少し休むために大きなベッドの上に横になった。 彼女は、コンペティションに参加する世界中の有名なデザイナーのことを考え、緊張を感じていた。
彼女はなんとしても勝ちたい、でもこの才能あるデザイナーたちのなか、自分に勝機なんかあるのだろうか…
「ガチャリ―」突然のドアノブをひねる音がエミリーの思考を遮った。 彼女は警戒し、即座に起き上がって「誰?」と尋ねた。
確かに鍵をかけたので、カードキーなしにほかの人が入ってくることはできないはず…
エミリーがカードキーを持っているにもかかわらず、ドアは外側からあけられた。 ドアが完全にひらかれたとき、エミリーはそこに立っている中年の男性を目にした。 彼は禿げた頭にビール腹でかなり太っていた。
「審査員さん?」
彼女の前に立っているのは、コンペティションの著名な審査員の一人であるレオだった。 エミリーは以前、彼に一度だけ会ったことがある。 最も印象的なのは彼の見た目だ。肉の塊が歩いているようだった。
「なぜ審査員のレオさんがここにいるのですか?」 審査員にわいろを贈っていると思われてもおかしくない状況だ。
「ええっと、エミリー、僕は君の作品をすべて見たことがあるよ。 君は本当に才能がある…」 レオの下心をにじませた目はエミリーをとらえている。そして彼は後ろのドアのカギを音が鳴らないようにしめた。
エミリーはすぐに不吉な雰囲気を感じ、「ありがとうございます。レオさん。ですが、それについて話すのは、今は適切なタイミングではありませんし、場所も不適切だと思います。 話をするなら、外に出たほうがいいと思います」と彼女は伝えた。
「僕たちが深いコミュニケーションをとるには、外は雑音が多すぎるんじゃないかな」 耳から耳へつながるほどのいやらしい笑みを浮かべ、レオはエミリーに近づいてきた。
彼女は、レオを追い払うための最も効果的な方法を見つけようと頭をフル回転させたが、彼がくれた時間はあまりにも短かった。 レオは無言でエミリーに襲いかかった。
彼女はショックのなか、彼から離れようとしたときに滑ってしまった。 彼女が床に落ちる前に、レオは彼女の手をつかみ、しっかりと締め付けた。
「逃げないで、かわいい子猫ちゃん、 君が僕を喜ばせてくれるなら、3位以内に入れるように約束するよ」 レオは、欲望の炎に燃えた目の、みだらな表情で彼女の手を引いた。
「レオさん! お願いですから分別のある行動を!」 エミリーは手を押しのけようとしたが、効果はなかった。 彼女はただ怒りと無力さをにじませた目で彼をにらむことしかできなかった。
「分別ある行動? 君が僕の部屋にお誘いのメモを置いたんだろう。 君が僕に抱いてくれって頼んだんだろう!」
「そんなこと、してません! 私はメモなんか書いてませんわ!」 エミリーは怒って言い返した。 彼女は何か誤解があるに違いないとわかった。
「書いてないって? 冗談じゃない。 僕に選ばれたこと、誇りに思えよ!」
レオはだんだん我慢できなくなってきた。 彼はエミリーの手を握りしめ、 腕で彼女をつかまえた。
エミリーはもがいた。そしてなんとか片方の手を自由にし、レオの顔をひっぱたいた。 平手打ちの音は雷のように大きく響いた。
「このあばずれ! よくも打ったな!」 レオは怒り狂い、その目は爆発寸前のように見えた。顔についている脂肪はまるでその怒りを表しているかのように揺れた。 「今日は礼儀を教えてやる!」
羞恥の表情に変わって怒りの表情がエミリーの顔に浮かんだ。 彼女はジャックに使っていたやり方をレオにも試そうとしていた。 しかしその瞬間、レオの後ろから大きな物音を聞いた。 誰かがドアを蹴った!
「誰だ?くそ野郎!?」 レオは怒って罵った。 それが誰なのか見ようと振り返る前に、彼は予期しない強い力で引き倒された。
「いい加減にしろ…」 その男性の顔をはっきりと見たとたん、レオの表情は劇的に変化した。 「ヤコブ… さん… 何をしているんですか?」
ヤコブはエミリーをちらっと見て、床に転がっている男を見下ろした。 厳正な神の裁きにより荒れ狂う嵐がもたらされるように、怒りと憎しみの炎が彼の目の端にくすぶっていた。
「よくも彼女に触れたな?」
彼の声と言葉遣いの冷ややかさはエミリーを怖がらせ、陶器の人形のように青ざめさせた。 彼女は今、ヤコブとの艶事が他人に知られたのかと恐れていた。
レオの顔色もよくない、 額に汗を流していた。 それでも彼は、エミリーに罪を擦り付けることを忘れなかった。 「ヤコブさん、これは… この女性が、先に僕を誘惑したん…」
ヤコブは彼の言葉を遮った。 床で転がっているレオを、助けを呼ぶ悲鳴を叫びだすまで蹴り続けた。
ヤコブは心の奥底で、すでにエミリーを自分の女だとみなしていた。 ほかの男が彼女の上に乗っかっているなんて耐えられるわけがなかった! 彼女に手を出した最後の男は自分の甥であるジャックだから、彼はこんな風に痛めつけることはできなかったが、 この哀れな男、床で身をよじって逃げる男のことなんて、もうどうでもよかった。
「ヤコブ さん、お願い、もうやめて…」 レオは尊厳と自尊心を捨てた。 彼はヤコブの足下に寄り、情状酌量を求めたが、ただ顔をもう一度蹴られただけだった。
エミリーは呆然とした観客のように、恐れおののいてただじっと立っていた。 このような残虐な行為を目にしたことは今までに一度もなかった。ヤコブはまるで野生の獣のようだった。
「ヤコブ… さん。 ヤコブさん...」
「君は彼に憐れみを感じるのか?」 ヤコブは冷ややかに目を細め、彼女をちらっと見た。 彼の冷淡なにらみは、エミリーの魂を、バターを切る熱したナイフのように切り裂いた。
エミリーは固唾を飲み、一生懸命懇願した。「やめて、やめて、 ヤコブさん、あなたは人殺しになってしまいます… 殺人は法で裁かれるのですよ...」
ヤコブは一瞬動くのをやめ、ひどい笑い声を上げた。
レオが、これで解放されると思って体の力を抜いたその時、ヤコブの高価な靴が彼の太った手を激しく踏みつぶした。