甘やかされた女
「何でもない。あなたはどこに行くつもりですか?」 ビクターは金縁の眼鏡を中指で押し上げた。レンズの反射がビクターのはっきりしない感情を隠していた。
ビクターはエミリーがヤコブの女だと勘づきつつあった。そうでなければ、ヤコブがわざわざ、エミリーがジュエリーコンペでいい結果を取るよう頼んでこないだろう。 しかし、この状況はビクターが思っていた状況とは違っていると感じた。
― 待て、ヤコブの女になりたくない人って、本当にこの世にいるのか? 面白いじゃないか。
「私…」
エミリーは自分が本当にひどい顔をしていると自覚していて、 アイドルの前で面目を失ったことを 恥ずかしいと思った。 「私、家に帰ります」
本来は外出の予定だが、今の状況なら、先に家に戻ったほうがいい。
「送ります」
「ありがたいですが…」
エミリーはたどたどしく「けっこうです。自分で帰れるので」とビクターに言った。
ビクターは余計なことを言うのが嫌な人で、ただ強い口調でもう一回「送ります」と言った。
エミリーはこんな状態でビクターとともに歩くことにためらいがあったが、断ることはしなかった。
エミリーの自宅へと向かう道すがら、2人の間で交わされる言葉はなかったが、間が持たないということもなかった。
「ここが私の家です。送ってくれてありがとうございます」部屋のドアの前でエミリーがそうビクターに告げた。 「ビクターさん…」 「よかったら…コーヒーでもいかがですか?」
最後の言葉、エミリーはためらって言った。