甘やかされた女
「もう何も言わないでちょうだい」 ローズは周囲に見えない角度でにニヤニヤしながら首を横に振った。 「エミリー、あなたは誤解しているわ。私はあなたを慰めようとしていたのよ」
ローズは誠実さを装ったが、心の中は優越感で満ちていた。
エミリーとローズは大学時代からの友人だった。その時からエミリーは何においてもローズより優れているようだった。成績しかり、ボーイフレンドの知的センスも家柄も、ローズよりエミリーの方が何においても優れていた。 なぜだろうか?
しかし、決してローズは自身がエミリーより劣っているとは思っていなかった。 ローズは彼女のボーイフレンドを寝取ることも厭わず、あらゆる手段を講じてエミリーを超えようとした。 そしてローズは今、とうとう最後の最後でその目標を達成することができたのだ。それはつまり、エミリーがジャックに振られローズを選んだということに。 ローズの優越感はチャートからはみ出していた。
「それはそうでしょうね。ジャックの愛人になった気分と言ったら最高の気分でしょうね」エミリーは手をギュッとを握りしめ、前面に誠実さを押し出すローズの顔を冷たい視線を送りながらそう言った。
「ちがうわよ、これは私が望んだことじゃないのよ。 ジャックが望んだことなのよ。 「自分がジャックを繋ぎ止められなかったクセに、どうして私を責めることができるの?」ローズは突然エミリーに近づき、耳元でそっと囁いた。 「ジャックはあなたに指一本触れてないわよね?ううん。むしろ、ジャックは私や他の女性とのセックスを好んだわ。 どれだけ私たちがジャックとベッドで楽しいことをしているか、 あなたになんて想像すらつかないだろうね…」
よりによってローズは、ジャックが首、鎖骨、肩に残した愛の跡を見せびらかするために、オフショルダーのワンピースを着ていた。
そしてそんな見え透いた態度をとるローズにエミリーは呆れを通り越して嫌悪感をいだいていた。 「ごめんなさい、ローズ。私、間違っていたわ。あなたは愛人ではなかったわね。あなたはジャックの肉便器だったわね」
事に関して、ジャックのひどい女たらしは周知の事実だったので、エミリーはもうローズに悩まされることはなかった。 反対に、ローズがジャックと肉体関係をもったことに動じなくなった自分にエミリーは驚いていた。 彼女の感覚では、複数の女性と肉体関係を持った男性は、使いまわされた歯ブラシ…という感覚だった。 つまりジャックもそのような男、エミリー流に言えば「使い回しの歯ブラシ」だった。
ローズはどうして使いまわされた歯ブラシを喜んで使って歯を磨くことができるのか。エミリーにはこれっぽっちも理解できなかった。
「肉便器」というエミリーらしからぬフレーズにローズは当惑したが、ローズは周りの人々の前では余裕のある大人の女性を演じなければならなかったので、怒りを抑えるのに必死だった。 「エミリー。あなた、ずいぶんとらしくない『きれいな言葉使い』をするのね」ローズは大人の女性の余裕でそう言った。
「らしくないですって?ローズ、あなた自身が私の言葉に間違いがないって自覚してるんじゃないの? 結局、男性がいないと生きていけない女性より、男性に指一本触れられずとも生きている私の方が優れているかもしれないわね」 エミリーも大人の女性の余裕で返した。 「ローズ。いらなくなったガラクタを引き取ってくれてありがとう」
屈託ない笑顔でローズに言い放ったエミリーに恐れをなした野次馬らは、口々に「あ、急ぎの仕事が…」「クライアントに電話するんだった」など言い訳をしながら、蜘蛛の子を散らすように自分の仕事場へと散っていった。
「あぁ!そうだった。 ファ氏から急いでこれらファイルを彼のオフィスへ持ってくるよう頼まれていたんだった。 ごめんなさい。これ以上、あなたとはおしゃべりしてる暇、なかったわ」 エミリーは自席に戻ってパパっと机の上をファイルをまとめると、さっさとローズから去ろうとした。 悔しそうに取り乱しているのローズを背に、エミリーの気は少し晴れた。
しかしローズも転んでもただは起きない。エミリーにとても怒りを抱いたローズは、すぐにエミリーにひと泡吹かせようと考えた。 ローズはエミリーの手をつかもうと手を伸ばしたが、サッっと動いたエミリーの手を逃した。そのかわり、ローズはエミリーが抱えていたファイルをつかむとそれを引き抜いた。
ローズに引き抜かれたファイルの中の書類がハラリハラリとあたり一面に舞った。
「ばかじゃないの!!」 エミリーはローズに文句を言うかわりに、急いでフロアに舞い落ちた書類を拾ってまわった。
ローズのエミリーへの復讐は終わっていなかった。がしかし、床にかがんで書類を拾うエミリーを見下ろした瞬間、彼女の何かに気がついた。
あれらは何か? キスマーク! エミリーの首にキスマークがあった!
ローズは自分の目を信じることができなかった。エミリーはハイネックの服で隠したが、 俯いた時にその首にある赤い跡がはっきり見えた。
ジャックと昨夜とその前の日の夜も一緒にいたのはローズ。ローズはすぐにエミリーにキスマークをつけた男性はジャックではないと気がついた。 では誰なのか?
ローズはエミリーに気づかれないようにの彼女の首もとの写真を撮り、ジャックに送信した。 その写真にジャックがどう反応かを楽しみにワクワクして待った。
エミリーが他の男性とセックスをしたことをジャックが知ったら、エミリーに対して怒り狂うだろうことをローズは予期していた。この写真の送信は、ジャックとエミリーの別れを100%にするに余りあるものだった。
エミリーはローズが何を企んでいるのかなど、 まったく気づいていなかった。エミリーは自分のことより仕事。ファ氏に届ける書類を急いで拾い 、整理し直し、ファ氏に届けて自分の席に戻った。
エミリーは自席に戻って仕事に集中しようと思ったが、悶々と思いを巡らせていた。すべてが噓だったとしたらどんな風になっていたのだろうかと。 ジャックがエミリーを裏切らなければ、どんな素晴らしいことが待っていたのか。 ローズがジャックを誘惑していなかったならば…そしてエミリーがヤコブと夜を過ごさなかったならば… ヤコブと…
しかし、エミリーは思いと現実がかけ離れていることはわかっていた。 自分はジャックと恋に落ち、ローズと友人となった。そもそもそこから間違っていたのだ。 それを証明するかのように、ヤコブとの関係がおまけについてきた。
エミリーが仕事を終えてオフィスを出ようとしたとき、ジャックの車が会社の前に停まっているのが見えた。 ジャックを無視して通り過ぎようとしたが、ジャックの方が車を降りて彼女のもとへまっすぐ向かってきた。
エミリーは、ローズがジャックにキスマークをつけたエミリーの写真を送信し、それを見てジャックが腹を立てているなど、どうして気づくことができようか。
ジャックの思惑はこうだった。警察署でのエミリーは手が付けられないほど怒りに満ちていた。冷静な判断ができないほどに。ならば数日間クールダウンのための時間を与えよう。そうすれば賢いエミリーが絶対に自分の腕の中にもどってくると。 しかし、現実はどうだろう。驚きと失望とともに、ジャックの思惑とはかけ離れた結果となってしまった。自分の腕に戻ってくるどころか、警察署でのあの日あの夜に、エミリーはジャックとは別の男性と夜をともにしていたのだから。
「とまれ! エミリー・バイ!」 そう言ってエミリーの腕を掴んだジャックの顔は怒っていた。
「離して!!」 エミリーは彼の顔を見ずに、何とか腕を振りほどいた。 警察署での出来事だけで、エミリーがジャックに抱いていた愛情は泡のように消えてなくなっていた。 「あなた、頭までおかしくなったの?」 とエミリーは早口でジャックに問うた。
エミリーはいつも最後に退社するようにしていたので、周囲に助けてくれる同僚はいない。
「君はもの覚えが早いね、エミリー。 わざわざ他の男と寝るとはな! 昨日と一昨日、どこにいたのか言え!!」
「なぜ私はあなたにプライベートを話すのかしら?私たちは一昨日の夜に恋人関係を解消したよね?」エミリーは事実を隠そうとした。 ジャックはエミリーの言葉に驚いた。
「俺は君と別れるとは言っていない!認めてもいない!」
「私にしてみれば、あなたがローズと寝た瞬間に私との関係は終わっているんです!」
「そんなこと絶対に認めないぞ!」 ジャックがエミリーの洋服の首元をひっぱると、予想通り、ジャックはエミリー の白い肌にうっすらと愛の跡とおぼしきものを見ることとなった。 ジャックの心の中では、うっすらとしたその跡でさえ、エミリーが他の男性とセックスしたという十分すぎる証拠だった。 「エミリー・バイ!」ジャックは怒りにまかせてエミリーに叫ぶ。 「相手は誰だ!」
「それはあなたとは関係ないことでしょう!」 エミリーはあえてあの男の名前を口に出さなかった。彼女は心に苦味を感じながら下唇を噛んだ。 彼女はジャックとよりを戻そうなどまったく考えていなかったが、真実を伝える気もなかった。
ジャックはジャックでエミリーが自分に何か隠していることに気づいた。彼の鼓動は、まるで重いハンマーで打たれているように、ドックンドックンを脈を打ち、呼吸さえ苦しく感じるほどだった。 つまり、それだけジャックは、何年も愛していた女性、エミリーが自分を裏切るなど信じられなかったのだ。
ジャックは正気ではない目つきでエミリーを睨みつけ、骨が砕け散るような力で彼女の手を握っていた。
「言うんだ!」
「離して!」 今朝、ジャックとローズの会社の前での行いを考えただけでも、エミリーは吐き気がした。それほどうんざりしていたエミリーは「あなたは彼の名を知るに値しないわ!」とだけ答えた。
「俺は君と相手の男に復讐を考えているんだぞ、エミリー!」
「私の唯一の後悔はあなたのようなバカと付き合っていたことよ!どうして?ねぇどうしてなのジャック。あなたが他の女性と自由にセックスしようと私は平気なのに、 どうしてあなたは復讐だなんて考えるの?」 エミリーはジャックに諭すように語りかけた。 そしてとどめにこう言った。「私はあなたから自由恋愛を教えてもらったのよ!」
「君は男と女が同じだと言うのか?」
「えぇ、男女平等、私にとって男性も女性も関係ないわ!ただ、後悔しているとすれば、 あなたと別れる前にあなたの教えを実践しなかったということだわ!!」 エミリーにとって、ジャックが最初の男性ではないことだけが救いだった。そうでなければ、エミリーは一生、自分に可哀想な女性というレッテルを貼っただろう。
「オマエはとんだあばずれだったな、エミリー!」 ジャックは怒りで血液が沸騰しそうだった。 そして彼の目は怒りで激しく燃え、その炎が目から身体中に広がり、目の前にいるエミリーにも飛び火して燃やし尽くそうな勢いだった。
エミリーは恐怖を感じてジャックのもとから逃げようとしたが、ジャックは彼女を捕まえると自分の車に引きずりこんだ。
「離して!」 突然、エミリーは圧迫感を感じた。 身体全部で押し潰すかのように、ジャックがエミリーの上に乗っていた。
「この尻軽女めが! 他の男に犯されたことはあるだろう? ちくしょうめ!!」
ジャックは完全に理性を失い、本能で生きる野生の獣のようにエミリーの服を引き裂いた!