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第8章退院
文字数:3858    |    更新日時: 20/02/2021

「そうですか」 マリアはベッドにもたれかかり、空腹に気づいた。 「何か食べるものはない?」 「彼はとても素敵だし、 それにジェームズの親友でもあるから、きっと私のものにできるだろう」とマリアは考えた。

「何か言った?」 イーサンは彼女の話を聞き間違えたと思った。 そうでなければ、彼はただパシリに使われるだけであった。 H市にはマリアのように彼に何かを頼むような女性はいなかった。

「すごい助かるわ」 マリアは彼が自分の話を聞いてくれたことに感謝した。

イーサンはしばらくの間、立ったままじっと考えた。 しかし考えがまとまらず、彼は携帯電話を取り出すと、画面を下にスクロールし電話をかけた。 「もしもし、ジェームズ。 君の前妻に何か食べ物を持ってきてくれといわれたんだが、 持って行った方がいいのだろうか?」

「ここに戻ってくれば、どうしたらいいか教えよう」とジェームズは厳しく答えた。

イーサンはすぐにその声で脅威を感じた。 彼は頭をかくと、「いや、ありがとう、ジェームズ。 それじゃあ」

「待って!」 マリアはとっさに言った。

イーサンはその声に戸惑った。 マリアはベッドから起き上がろうとしたが、点滴に邪魔されて上手く動けない。 しかし、彼女はすぐに点滴チューブを抜いて立ち上がった。 ショックを受けたイーサンの視線を感じながら、彼女は裸足で彼のところへ歩いて行くと、彼の携帯を奪った。 「ジェームズ、直接話をしましょうか?」 彼女が再びブランデーを三本飲むことはないだろう。

しかし、彼女の耳に入ってきたのは電話のビープ音だけであった。

マリアは手に持った携帯を見下ろし下唇を嚙み締める。その目には怒りと悲しみが混じっていた。

イーサンはマリアに聞くまでもなく、ジェームズが彼女の電話切ったことが分かった。 彼は内心、「マリア、可哀そうに。 とても気の毒だ」と思っていた。 イーサンはマリアから携帯を取り返すと、目の前で恥ずかしさを隠すために鼻の下をつまんで、ぼんやりとしているマリアに向かって、「よし、ベッドに戻って。 今誰かに食べ物を持ってきてもらうから」と言った。

マリアがジェームズを怒らせながらも生き残ったことで、イーサンは彼女を強い女性と思い、彼女を賞賛していた。 そのこともあり、彼は彼女のことを喜んで看病した。

「さっき言ったことは忘れて 食欲がなくなった」 マリアの気は変わってしまっていた。

彼女の突然の態度にイーサンは混乱してしまう。「一体、どうしたと言うんだ」 彼は世の女性もこんなにも気が変わりやすいのだろうかと思った。

「今すぐ退院したい!」

イーサンは彼女に視線をうつす。マリアがまだ入院している必要があることは誰の目から見ても明らかであった。 顔色も悪く、手の甲からも出血していた。 こんな状態で退院できるのだろうか?

しかし、医者の言葉を無視して、マリアはその日遅くに病院をでていってしまった。

イーサンはH市で最も大きな通りを運転している。彼はバックミラーをちらっと目をやると、後部座席の静かに座っている女性に対し「マリア、ジェームズには俺が連れて行ったことは秘密にしておいてくれ」と言った。

「マリアはなんて面倒な女なんだ。 さっき俺を働かせただけでは飽き足らず、今度はジェームズのオフィスに連れて行くように言ってくる」 イーサンは彼女に憤慨していた。

彼女が女性でなければ、彼はすでに彼女殴っていただろう。 そして、彼は彼女にひざまずいて敬意を示すことさえ強制しただろう。

マリアはバックミラーを越しに彼の目を見ると、突然、笑みを浮かべた。 彼女は穏やかな声で、運転席にいる若い男をなだめた。「イーサン、あなたのような素朴で素敵な男性にどうしてジェームスのような狡猾な友達がいるの?」

マリアの言うように、ジェームズの友達は皆気難しい者ばかりだった。 そして、彼らにはそれぞれ非凡な経歴があり、独自のスキルも有していた。 その中にはローレンス・ルーという 謎の組織のリーダーもいた。

しかし、イーサンはその中には当てはまらなかった。 もしくは、彼は普通の振りをするのがうまかった。 それにもかかわらず、マリアは彼がどんな人物なのか気になって仕方がなかった。

病院のガウンを着ていても、マリアの魅力は全く損なわれていなかった。 彼女の顔は青白かったが、その中には病的でありながら美しい笑顔があり、目は輝いていた。 イーサンが彼女の視線を受けた瞬間、背筋がゾクッとした。そして彼は「もしかして俺をからかってる?」と尋ねた。

「そんなことないわ。 でも、私が言わなかったとしても、ジェームズは私を連れて来たのはあなただとすぐ気づくかもしれないわよ?」 マリアは、彼がジェームズをとても過小評価していると感じていた。

元夫はすぐに彼女を連れて来たのはイーサンであると気付くだろう。 それどこか、マリアがイーサンに連れて来るように頼む機会をみすみす逃さないだろうと、彼が考えるのは明らかであった。

また、HLグループは一般に公開されておらず、社長室があるフロアは従業員が誰でも利用できるわけではない。

事実、マリアがジェームズと結婚していた約2年間、彼女はオフィスに一度も足を踏み入れたことがなかった。 ゆえに、彼女を自由に出入りさせるような従業員はいないだろう。

それに、病院での電話ですでに、マリアはイーサンの携帯でジェームズに会えないかと言っていた。 ジェームズがこれらの事実から、彼女がどうやって来たか推測するのは容易い。

「確かに、 その通りだ!」 イーサンはイライラし、ため息をついた。 ジェームズを騙すのはとても困難だ。 しばらく考えた後、彼は口を開く。「それなら…… 最悪の場合、俺はあいつから一週間隠れる」

彼の解決策にマリアは言葉を失った。 「あなたは若く純粋すぎる」と彼女は思った。

10分後、一般的な白いSUVがHLグループの地下駐車場に入ってきた。

車を駐車するとすぐにイーサンは車から降り、エレベーターに向かって歩いていくと手のひらをスキャンした。 社長専用エレベーターのドアが開くと、彼は振り返り後ろに立っている女性に「マリア、すぐに上がれるよ。 俺は一緒に行かないから、 急いだほうがいい。 がんばって」

「ありがとう、イーサン」 マリアはエレベーターに乗る前にうなずいた。 閉じていくドアの向こうに、急いで車に乗り込み、命からがら帰っていく男の背中が見えた。

ドアが閉まると、マリアはガラス張りのエレベーターから、Hシティを見下ろした。 エレベーターが上の階に行くほど、目の前の景色が広がっていく。

六十六階に着き、マリアがエレベーターから降りると、数人のアシスタントが机に向かっているのが目に入った。 彼女はサマーを探したが、いないようだった。 そうしているうちに彼女に誰かが近づいてきた。

「どうしたんですか、 ソンさん」 ロレンツォ・ランは彼女を目にして驚いた。

彼を見てマリアはかすかに微笑んだ。 そして、挨拶すら交わすことなく、彼女はすぐに要点を述べた。 「私はジェームズに会いにきたの」

ロレンツォはジェームズの継母の甥だった。 マリアがまだシー家の一員であったころ、この男は彼女に決して親切ではなかった。

ロレンツォは眼鏡越しに彼女に軽蔑の視線を向けた。 「申し訳ありませんが、 シーは現在会議中です。 ソンさん もし会いたいなら、 事前にアポをとってください」

「会議中? それなら終わるまで待っていても構わない」とマリアは語った。 彼女がHLグループに入れるのは、滅多にあることとではない。 なので、彼女はやすやすと帰ることはできなかった。

ロレンツォの唇を丸め、不敵な笑みを浮かべた。 「ソンさん、 あなたは シーさんの元妻です。 今は何も関係がない。 それでも彼が本当にあなたと会いたいと思ってるとでも?」

マリアは彼に鋭い視線を向けた。 「ジェームズが私に会いたいかどうかは関係ないわ。 彼が会議中なら私はここで待ちます。 どうぞ、自分の仕事に戻ってください」

ロレンツォはマリアの攻撃的な態度に驚いた。 かつて彼が知っていたあの臆病な女性はどこにいってしまったのだろう。 「ソンさん、 そういうのなら応接室へどうぞ。 シーさんの会議が終わり次第 お知らせします」 ロレンツォは自分の机から遠く離れた部屋を指さし、近くの秘書に手を振った。 「ソンさんにお茶を用意してあげて ください」

「分かりました」と秘書は席から立ちあがりながら答えた。

「いえ、大丈夫です。 私はここで彼を待ってます」と彼女は言った。

彼女が立っていたところからは社長室の入り口を見ることができ、ジェームズが戻ってきた瞬間を見逃さずにいられた。 しかし、もし彼女が応接室に行ってしまったら、結局、彼女は彼に会うことができなかったという展開になるかもしれない。

ロレンツォはマリアの頑固さに頭を悩ませたが、努めて穏やかな口調で話した。 「ソンさん、 あなたがここにいると、我々の仕事に支障をきたすかもしれませし、 廊下に人を立たせたままというのも…… 応接室に行きましょう。 それに、退院したばかりですよね? 少しでも休んでいた方がいいのでは? ソンさん、これはあなたのためを思って 言ってるんです」

しかし、マリアはロレンツォを完全に無視して背を向けると、窓に向かって歩いていってしまった。

他の二人のアシスタントは顔を見合わせていたが、どちらも口を開くことはなかった。

ロレンツォは激怒した。 もし、ノーマンが数日前にマリアをアリーナの誕生日パーティーに連れて行ったと聞いていなかったら、彼は警備員を読んで彼女を追い出していたであろう。 しかし、それができずにいた。

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