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第10章屋敷での思い出
文字数:3890    |    更新日時: 20/02/2021

閉まった電子錠を見つめて、マリアは6年前に設定したパスワードを試すことにした。 それで開かなければ、彼女は別の方法を試さなければならないだろう。 パスワードは361110だった。 三月六日はアーサーの誕生日で、十一月十日はジェームズの誕生日だった。

驚いたことに、六桁の番号を入力すると、ピッという音が聞こえた。 試しに彼女は重いドアに手をかけてみると、鍵はかかっておらず大喜びした。

彼女の手は空中で震えていた。 彼女はリビングに繋がるドアの前で、彫像のように固まっていた。 彼女は準備万端でここに来た。 バックパックの中には電子錠を解除するために、たくさんの道具も入っていたが、必要なかったようだ。

突如、彼女は後悔の念に襲われた。 パスワードが変更されていないことを事前に知っていれば、彼女は自らの尊厳を犠牲にしてまで、ジェームズから許可をもらおうとせずに、 直接ここに来ていただろう。 ジェームズと会い、侮辱を受け、ボトル三本の酒を飲むなど、彼女がしたことは全てここに来るためにしたことであった。

マリアは迷いを振り払うと、次に何をしなければならないか考えた。

彼女はドアのそばにバックパックを置くと、そこから懐中電灯を取り出した。 そして、靴を脱ぐと、裸足でリビングに向かった。

懐中電灯の光が静かな部屋の周りをジグザグに動く。 マリアは注意深く辺りを見回した。 一見何も変わっていないように見えたが、微妙な変化に徐々に気がついていった。

アーサーが生後1か月のときに撮った大きな写真が、壁からなくなっていたのだ。

家具には全て白いダストカバーが掛けられていた。 マリアが手を伸ばし角に触れると、 ほこりが指についた。 長い間、誰もここに来なかったのだろう。

冷たい床を踏んで、マリアはリビングの隅を歩いた。 かつてキャビネットがあった場所には何もなかった。

六年前、アーサーはそこで事故に遭った。 彼の悲惨な叫び声、床に広がった血。

悲劇的なシーンが再びマリアの脳内に再生される。 彼女は懐中電灯を握りしめ、呼吸はどんどん速くなっていく。 額には汗が浮かび、心臓が破裂しそうだった。

朦朧とする意識の中で、彼女はアーサーの愛らしい笑顔を再び見た。 彼女を「ママ」と呼ぶ声が耳に響く。

マリアは手を伸ばし、そっと「アーサー…… ただいま」と呟いた。 アーサーもぽっちゃりした腕を伸ばして抱きついてきた。

「アーサー、あなたがいなくて寂しいの」

彼女は彼の顔に触れたかったが、彼は瞬く間に消えてしまった。

彼女の目の前には床しかなかった。 アーサーの声は聞こえず、 辺りは静けさに包まれていた。

マリアは胸にを手をあて、涙を流していた。 「アーサー、アーサー!」

長い時間をかけて、マリアは落ち着きを取り戻すと、重い足取りで階段を登っていった。

二階はあまり変わっていないようだった。 彼女は裸足で柔らかいカーペットに沿って、一番奥の部屋のドアまで歩いた。 そこは寝室で、彼女が町に戻った最初の夜、別荘の門から眺めていた部屋だった。

マリアはドアノブに手を置くと、そっとドアを開けた。

ベッドルームは家具が置いてあるにもかかわらず、とても広く感じられた。

真ん中の大きなベッドにはダストカバーがかかっていた。 ベッドの横にあったベビーベッドや、壁に飾ってあった六年前のジェームズとの結婚式の写真もなくなっていた。

この部屋は寝室だったが、マリアはほとんどの時間をここでアーサーと過ごしていた。 まだ息子の匂いが残っているようだったが、 それは彼女の妄想だろうか?

マリアは寝室の反対側の部屋に歩いた。 そこはアーサーの部屋になるはずだったが、一度も使われることはなかった。

部屋の内装は六年前と変わっておらず、壁紙には小さな動物のキャラクターが描かれていた。 しかし、写真は撤去され、アーサーのベビーベッドはここに移されていた。 マリアは注意深く辺りを見回すと、彼女とアーサーの写真が全て箱に入れられていた。

箱を開くと、そこからマリアは写真を一枚取り出した。 それは彼女の亡き息子のものだった。 彼女の目には涙が溢れていた。 彼女はしっかりと口を覆い、泣かないようにした。

「アーサー、ママはここにいるよ。 あなたがとても恋しい」

マリアは息子の写真を抱きしめて泣くことしかできなかった。 彼女は前後に揺れ、悲しみのあまり涙を流した。

別荘の外をちょうど警備員が通りかかる。 かすかな叫び声が聞こえ、彼は怯えていた。 彼は六年前にここで人が死んだと、仲間が言っていたのを思い出した。 彼は音の正体は何なのか、何をしているのか疑問に思った。

彼が立ち止まって耳をすますが、叫び声は聞こえなくなっていた。 気のせいだったのだろうか。 彼は勇気を振り絞って、別荘の門に向かって足をすすめた。 そして、再び立ち止まり耳をすませたが、やはり何も聞こえなかった。

彼は何かを聞き間違えたのだろうと思った。 そして、彼が戻ろうとすると、再び別荘から女性の叫び声が聞こえてきた。

その声に警備員は足がすくみ、ズボンを濡らしそうになった。 彼には中に入って何が起こっているのか確認するほどの勇気はなかった。 それどころか、彼は逃げ出してしまった。

警備員は息を切らしながら監視室に駆けこんだ。 同僚は彼をじっと見た。 彼の目線はモニターに向いていたが、二時間もの間、何も写さなくなっていた。 そのことに警備員はさらに怯えてしまった。 この夜以降、怪奇現象に遭遇するのを恐れて、その別荘を避けるようになった。

夜明け前、マリアはフェアビューヴィラにあった全ての物を元の場所に戻すと、入ってきたときと同じように静かに去っていった。

吸盤のついたのダーツはやがて吸引力を失い、彼女が去って間もなく地面に落ちていき、 モニターは正常に戻った。

HMグループはマリアを採用し、彼女は秘書として働き始めた。 日常に溶け込むのにはどこが良いか。 彼女の仕事は重要なポジションではなく、給料も低かったが、彼女は気にしていなかった。 彼女は自分の計画を進めるために、町に根を下ろす必要があった。

フェアビューヴィラに行って、気づかれずに一泊したことで、マリアはさらに大胆になっていった。

その夜、彼女は以前と同じルートで再び別荘に向かった。 今回は簡単な日用品を持ってきていた。 幸い、まだ夏だったので、それほど多くは必要なかった。 マリアは一週間そこにとどまり、アーサーの思い出に浸っていた。

それは蒸し暑い夏の夜のことだった。 フェアビューヴィラのドアの前に男が現れ、鍵を開けた。 彼の真新しい黒い革靴は月明かりで輝いていた。 彼は冷たい目は暗闇をそっと見回すと、リビングに足を踏み入れた。

別荘の一階は相変わらず静かだった。 彼は数分間そこで立ち止まり、考え事をしていた。 そして、彼はネクタイを緩めると、二階への階段を上がっていった。

二階の廊下のカーペットは新品のように清潔で白かった。 彼は靴を履いたままその上を歩いた。

寝室に近づくと、彼は違和感を感じた。 何か気配を感じる。 彼はドアの前に立ち止まった。 扉は閉まっていたが、鍵がかかっていなかった。

ジェームズが最後にここに来たのは半年ほど前だった。 彼はそのときに自分でドアを閉めたことを覚えていた。 彼はここに来る許可を誰にも出していない。 彼は不思議に思って周りを見回した。

その頃、マリアはふと目を覚ました。 彼女はさっきまで眠っていたが、何か違和感を覚えた。 彼女はドアの外に誰かの気配を感じた。 マリアは静かに起き上がった。

「まだ夜中の 一時だ。 誰がこんな夜遅くに来るの?」 彼女は疑問に思った。

ドアノブがゆっくりと回る音が聞こえた。 マリアにそれが誰か考える時間はなかった。 彼女はすぐにベッドから出ると、薄い掛け布団と枕をベッドに残したまま、厚いカーテンの後ろに隠れた。

幸いなことに、マリアは警備員の注意を引かないように、寝る前にカーテンを閉めずにいた。 日光が彼女の目覚まし時計代わりだった。 彼女はネズミのように静かに、感覚を研ぎ澄まし、体が強張らせた。 彼女は息を潜めて身を隠した。

誰かがドアを開けた。 しかし、彼はすぐには部屋に入ってこなかった。 彼は細かいことも見逃さないよう、辺りを見回した。 彼は誰の姿も見つけられなかったが、かすかな香りを感じた。

彼は匂いを嗅いだ。 「香水? 女性か?」

彼は部屋に入って来ると、大きなベッドのダストカバーが取り外されていることに気づいた。 そして窓から差す月明かりの下で、しわくちゃの枕と掛け布団を見つけた。 誰かがベッドで寝ていたのは明らかだった。

男は静かにベッドに向かっていった。 彼の顔は少しずつ月明かりに照らされていった。 男の正体はジェームズだと分かった。 「女はどこに?」 彼がベッドに触れると、そこはまだ暖かかった。 つまり、侵入者はまだ近くにいる。

彼は侵入者がどれくらいここにいたかまでは分からなかった。 柔らかい絨毯の上でも彼の声は聞こえてきた。 つまり、侵入者は今までにはいなかったということだ。

男の唇は暗闇の中で底知れない笑みを浮かべた。 窓は閉じたままで、家具の数も少ない、おそらく侵入者はまだ部屋の中にいるだろうと彼は考えた。

ジェームズは捜索を続け、彼の鋭い視線はついに隅のカーテンに落ちた。 そこは人が隠れるのに丁度良かった。 彼は一度立ち止まった。 そこに誰かがいるのははっきりしているので、次の行動を急ぐ必要はなかった。 まるでヘビがネズミを追い詰めるようだった。

厚いカーテンの後ろで、マリアは何も見えなかった。 彼がまだそこにいるかどうかを確かめようと耳をすませたが、聞こえるのは自分の心臓の鼓動だけだった。 彼女は緊張のあまり、口が乾いていた。

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