私の心を傷つかない
レナとレイモンドを後にして、アシュリーはムー家の屋敷へと向かった。 婚約したカップルは何とか彼女の前に到着していて、 結局のところ、彼女が歩いている間、彼らは車で先に向かっていた。
アシュリーが、屋敷に着いてベルを鳴らすと、
家政婦が出迎えた。
その家政婦はアシュリーに視線を向けると、振り向いて挨拶もせずに立ち去った。 彼女がアシュリーを尊敬していないことは明白だった。
家政婦でさえもこのような接し方なので、アシュリーがこの家庭で苦労したことは容易に想像ができた。
彼女は家政婦の攻撃的な態度を気にすることはなく、 自分にとって何の意味もない人たちに注意を払っても無意味だと思っていた。
彼女が居間に入ろうとする時、彼らが楽しそうに話したり笑ったりするのが聞こえた。
みんな笑顔が明るく、部屋の中はにぎやかな雰囲気だった。
しかし、アシュリーが部屋に入ってきたことがわかると、さっきまで陽気だった雰囲気はたちまち陰気になり、 彼らはおしゃべりをやめて、侵入者のことをじっと見て、 明らかに彼女の存在に対して不満を抱いていた。
「私に会いたくもないのにわざわざ誘ってきて、 好きでもないのに敢えてにっこりと笑って喜んでいるふりをしている。 彼らのつまらない演技はいつまで続くんだろうか? そんなくだらない彼らと付き合うのはもううんざり」とアシュリーは頭の中で泣き言を言った。
「お父さん、お母さん」アシュリーはソファに座っている里親に挨拶すると、彼らから遠く離れた席に着いた。
彼らが彼女を嫌っていることはわかっているので、彼らから安全な距離を置くことにした。
「アシュリー、ついに来たのね。 レイモンドが冗談を言っていて、それがとても面白かったわ」とレナは言って、抑圧的な沈黙を破った。
アシュリーはレナのことを嫌っていたが、里親の前で彼女を無視することは良い考えではないと思っていた。
「そうなんだ」と彼女は冷静に答えた。
部屋に入った瞬間から、アシュリーは自分が誰にとっても不快な存在だと感じていた。
でもそれは、自分が悪いわけではなく、 ここに来るように頼まれたからだ、と湧き上がる負の感情を鎮めるため、自分に言い聞かせた。
「ちょっと話があるんだ、アシュリー」スペンサーは彼女を見ながら言い始めると、 またすぐ立ち上がって二階へと向かった。 それを見たペギーは、夫がその夜のアシュリーの居場所についてを質問するんじゃないかと思い、彼を追いかけた。
アシュリーも素直に従って、二階へと向かった。
書斎に座っているスペンサー・ムーを見て、彼女はビクビクしながら部屋へと入り、 養父に座らせてもらえなかったので、ぎこちなくそこに立っていなければならなかった。
「あの夜は一体どこにいたんだ、アシュリー? お母さんと私は、君がどこにも見当たらなかったから、とても心配していたんだよ」とスペンサー・ムーは白々しく心配そうなふりして尋ねた。
アシュリーはペギーに反抗的な表情を見せ、「お母さんはあの夜、私がどこにいるか誰よりも知っていたはずです。 だって酔っ払ってた私を、休むようにと部屋に連れて行ってくれましたもの」
ペギーは怒ってピシャリと言った。「嘘をついているわね。
あの夜、あなたはそこには・・・」 しかし、夫の警告を示した目線によって、彼女の声は途切れた。
彼女はアシュリーを嫌っていたが、夫に逆らう勇気はなかった。 結局は、彼が家族の長だった。
ペギーは下唇を噛むと、彼女に激怒の視線を向けた。
アシュリーは、養母の怒りに満ちた視線がこれまで見たことがなかったように平然としていた。
「しかし、君は私たちが用意した部屋にはいなかった」とスペンサー・ムーは尋ね、アシュリーが薬を飲まされていたという事実のことを知らないふりしていた。
「わかりません。 お母さんが私をその部屋に送ってくれたあと、私はぐっすりと眠ってましたので。 私が覚えているのはそれだけです」とアシュリーは養父に無邪気な顔をして説明した。
スペンサー・ムーは彼女の話に引っかかり、納得したような表情を浮かべ、 彼女に部屋から出て行くように命じた。「もう行っていいよ。 昼食を一緒に食べようじゃないか。 お母さんも君に言いたいことがあるんだ」
「うーん。 わかりました、そうします」とアシュリーは、遠慮がちに言い返した。
「アシュリーにだまされないで、スペンサー。 彼女をデュさんの部屋に連れて行ったのだけれど、 後で逃げてしまったの」とペギーは眉をひそめて言った。
「アシュリーは全てを台無しにした。 彼女のせいで、私たちはマイケルを怒らせてしまい、一緒に仕事をする機会も失ってしまった。 こんな大きな損失を被ったのは、すべて彼女のせいだ!」 彼女は心の中でそう思った。
「なるほど。 もう行っていい。 アシュリーにお見合いデートへ行くように言うことを忘れないで」とスペンサーは彼女に念を押した。
「安心して、私がちゃんと言ってやるから」とペギーは自信たっぷりに約束した。
...。
アシュリーが階段を半分ほど下りたとき、レイモンドとレナがキスしているのを見かけたが、 少し立ち止まると、カップルを見ていなかったかのように階段を下り続けた。
婚約中の二人は、その足音を聞くと、突然お互いの手を離し、降りてくる彼女を見つめた。
アシュリーは、手を振って肩をすくめると「どうぞどうぞ。 何も見てないから続けて」と言った。
「アシュリー!」 レナは恥ずかしそうなふりをして大声で叫ぶと、レイモンドの胸に顔を埋めた。
レイモンドはじっと座って、アシュリーの方へ目を向けた。
そんな臆病な声でレナに名前を呼ばれると、アシュリーは全身に鳥肌が立った。 怒りに満ちた視線を投げてきたレナを見て、彼女はカップルから一番離れたソファに行って座った。
すぐにペギーが階下へと降りてくると、まだレイモンドの腕に抱かれているレナからアシュリーに視線を移し、満足げな笑みを浮かべた。
彼女は将来の義理の息子を高く評価しており、 レイモンドは裕福な家の出身だっただけでなく、レナにもよくしてくれていた。
しかし、レイモンドがアシュリーとの別れを乗り越えられていない事実に彼女は苛立っていた。
娘の幸せのために、できるだけ早くアシュリーを結婚させたいと思っていた。
ペギーはラウンジに腰を下ろすと、テーブルからお茶を一杯持ってきた。 彼女は、それを一口飲むとレナの方を向いてこう言った。「会社でやらなければならない仕事がたくさんあるのは知っている。でも、レイモンドのお母さんにもっと会いに行ってあげてね。 彼女にはレイモンドしかいないから、 婚約者としても、あなたは将来の義母とより多くの時間を一緒に過ごすべきだと思うわ」
彼女の声は誇りに満ちていて、 皆にレイモンドが娘の財産であることを知って欲しかった。
「そうするよ、お母さん。 時間がある時にレイモンドとおばさんの家に遊びに行くね」レイモンドの肩に寄りかかり、彼の手を握りながら、レナはそう答えた。
アシュリーは一人きりで、まるでよそ者のように静かに彼らを見ていた。
彼女は実際にはムー家の一員ではなく、厳密に言えば血の繋がりはなく、 養子だった。
その年、レナは高熱を出して、なかなか治らなかったから、 誰かがスペンサーとペギーに、孤児院から養子を迎えたら娘は回復するだろうと言われ、
ただの迷信に過ぎなかったが、それを試してみた。 彼らは孤児院に行って、そこでアシュリーを養子にした。
そして彼女を家に連れて帰ると、レナは薬を飲まずに、医者にも行かずに奇跡的に良くなった。 スペンサーとペギーがアシュリーに対して親切だったのはその時だけだった。