私の心を傷つかない
作者貝川 吉一
ジャンル恋愛
私の心を傷つかない
(アシュリー! アシュリー!って アシュリーばっか! 彼女があなたの全てってわけでもなく、 彼女抜きに生きていけないってわけでもないでしょうに!) レナは心の中でそう叫んだ。
レナは、レイモンドの要求に従うのは気が進まなかったが、それについて喜んでいるふりをするしかなかった。
(今は彼が出張中なので、アシュリーに何でもしてやれるわ)と彼女は口元に悪意に満ちた笑みを浮かべて思った。
レナは電話を取ると、アシスタントに電話し、 回線が繋いだら「リタを私のオフィスに来させて」と指示した。
そして指示を出し終えて電話を切ると、 コメントを読み続けたが、どれもこれもアシュリーへのバッシングばかりで、 彼女は上機嫌だった。
アシュリーに対する否定的な意見にふけっていると、 その直後、ドアが軽くノックされた。
「入って」と陽気な口調で言った。 レナはいつも攻撃的で傲慢だったが、今日は上機嫌だったため、もっと心も一寸広くなった。
リタ・チェンはドアを押し開けると、「ムーさん、私に何か用ですか?」と慎重に尋ねた。
彼女はぴったりした黒いノースリーブと、お揃いの黒のショートラップスカートを着ていた。
その168センチもある背の高さを活かす方法を知っているリタはさらに 3インチの黒のハイヒールを履くことで、長くてまっすぐな太ももを強調していた。 それは男性にとって目の保養だった。
彼女は楕円形の顔をして、きめ細やかな化粧をしており、 自分の周りにセクシーで華やかな雰囲気を漂わせていた。
過去には、尻軽女のような服装をしているとレナがあざ笑っていた。
しかし、今度は部下を見て眉をひそめただけだった。
彼女はリタ・チェンを見て、そのような服装の背後には動機があることを知っていた。
(私のレイモンドを誘惑にかかってきたようだが、 残念ながら、相手を間違ってるね。 決して私の婚約者に近づく機会を与えるものか)とレナは軽蔑して小声で言った。
アシュリーを叩くコメントに目を留めると、人々は彼女が実際にルオグループから去ることを勧めていた。
しばらくして彼女は目を上げ、向かいに立っているリタに感心したような視線を送った。
「あなたは、よくやったわ」と褒めた。
リタ・チェンは上司が何を言っているのか正確に理解していた。 彼女はレナのコンピューター画面をちらりと見ると、 微笑んで満足し、「光栄です、ムーさん」と答えた。
「とんでもない、あなたは謙遜しすぎよ。 賢くて、とても良い仕事をしてくれた」とレナはさりげなく言った。
「すべてが自分の手柄というわけではありませんし、 ムーさんがいなかったら、私の計画もうまくいかなかったでしょう」と、リタ・チェンはにやにや笑いながら答えた。
レナは行間を読んで、リタが言おうとしていたことを即座に理解した。
(彼女は私たちが一蓮托生だと思っているようね。 だから、もし彼女がこのことでトラブルに巻き込まれたら、絶対私を道連れにするでしょう。
その抜け目のなさは認めざるを得ない)とレナは心の中で思った。
「まあ、言いたいことはそれだけだわ。 もう持ち場に戻っていいよ。 欲しいものが手に入ったら、あなたとの約束もちゃんと果たすわ」とレナは締めくくると、彼女に立ち去るように身振りで示した。
「ありがとう、ムーさん」リタ・チェンは答え、まっすぐドアに向かった。
レナは目を細めて彼女の背中をじっと見つめると、リタを選んだのは賢明だったかなと思った。
リタ・チェンは、とても野心的な女性で、 レナと協力して一緒にアシュリーをルオグループから追い出すということを提案することでそれを証明していた。
そして、それこそが、レナが共犯者について懸念していた理由だった。
(道連れにされる前に絶対先に彼女を地獄に叩き落としてやるわ)
とレナは思った。
アシュリーに関する噂は、すでに山火事のように会社中に広まっていた。
彼女がコーヒーを飲みに休憩室に入ろうすると、中の女の子たちが噂話をしているのが聞こえた。
「アシュリーがそんなに悪い人だとは思っていなかったわ!」 コーヒーマグを手にして立っている女性が目を大きく開いて隣の人を見ながら、 がっかりしたような口調で叫んだ。
「驚くことじゃないわ。 会社でそんなことをするのは普通のことです。そうでなければ、彼女はどうやってここで仕事をもらえたのでしょうか」 もう一人の女性はそう言ってにやにやと笑った。
「おっしゃるとおりよ! あんな偉そうな女が涼しい顔して 他人の幸福を破壊しようとしたなんて 本当に気味が悪いわ。 幸いなことに、私は別に彼女に嫌われるようなことはしてないわ。でないと、もう首になったかもしれない」と、最初の女性は恐怖にかられたような声で言った。
アシュリーは外に立って、それらの会話をすべて立ち聞きした。
彼女らが話し終えると、アシュリーは部屋に入った。
「ああ、アッシュ... アシュリー、偶然ね。 コーヒーを飲みに来たんですか?」 女性の一人が緊張しそうに尋ねた。
突然どこからともなく現れたアシュリーを見て、二人はびっくりしていた。 彼女がいつからそこに立っていたのか、どの辺から会話を聞かれていたのか、二人にはわからなかった。
アシュリーの評判こそ地に落ちたが、彼女にはこの二人を解雇できる権限があった。
「そう」とアシュリーは無表情で答えた。
二人の女性はすぐ近くに立つと、不安そうにアシュリーを見つめた。
(いつ来たの? もし話していたことが彼女に聞かれていたなら、私たちは死んだも同然だわ)という考えが彼女たちの心に浮かんでいた。
「えっと... 他に何もなければ、アシュリー。
先に失礼していいですか?」 女性の一人があえてそう尋ねた。
「はい、どうぞ」とアシュリーは適当に答えた。
二人はまるで幽霊に追われているかのように部屋から逃げ出した。
アシュリーは鏡に映った自分の姿をちらっと見て、冷たい声でくすくすと笑った。 (こんなことになるとは思わなかった。
ちょっと前までは、私の背中を刺していたのに、私を見た途端に、ネズミよりも弱虫になったなんて。
彼女らがそうしたのは、私を恐れているからであって、尊敬しているからではないわ。
しかし、もし相手が私ではなく、何の権限もない一般社員だとしたら? 彼女たちはどのように対応するのだろうか?) 彼女は心の中で彼女たちの残酷さに思い巡らせた。
アシュリーは自分のコップに水を注ぐと、休憩室を出た。
事務所に行く途中、陰で多くの目立たない視線とささやき声を受けた。 しかし、彼女はそれらを気にしなかった。
「どうせみんな俗物なんだから。 私が昇進すると、彼らは私のところに駆け寄ってきて、私におべっかをかけようとする。
でも、私が困っている時には、私を避けて不幸を喜ぶのだろう」と彼女は溜息をついた。
彼女が事務所に着くと、フィオナが駆け寄ってきて、彼女の前に立ち止まった。 彼女は振り向いて、噂話をしている人たちをちらっと見た。そして、彼ら全員に関係なく腕を伸ばすと、アシュリーの付添い人として、通り抜けさせた。 そしておせっかいな人たちを睨みつけて叫んだ。「何見てんの? もう仕事は全部終わったわけ? 人の噂話をする暇があるなら仕事にでも集中したらどうなんだ?」
フィオナがアシュリーを助けに来ると、群衆はすぐに分散した。
「アシュリー、彼らの言うことなんて気にしないで」とフィオナは言った。
「そうだね。 彼らが私のことをどう言っているのか全く気にも留めなかったわ。 自分で言うのもなんだけど、心は広いから安心して」とアシュリーは彼女を安心させた。 フィオナの言葉は彼女を面白がらせ、勇気を与えたようだった。
「それを聞けて良かったわ。 もう昼食の時間だし。 食堂に行って軽く食事取ろう」とフィオナは目を輝かせて言った。 アシュリーの返事を待たずに、彼女は手を掴むと食堂まで連れて行った。
フィオナと一緒に食堂に向かうとき、アシュリーは優しい笑顔で彼女をちらっと見た。 (私が知っている人の中で、こんな気ままにしてられるのは彼女だけだ)と彼女は思った。