私の心を傷つかない
作者貝川 吉一
ジャンル恋愛
私の心を傷つかない
アシュリーは、ムー家のために自分の幸せを犠牲にしなければならないとは思っていなかった。
この数日間、彼女の里親はこれまで出会った中で最もわがままな人たちであるということに気付いた。
最初からマイケルを喜ばせようとしてアシュリーに薬を飲ませるという計画を立てていなかったら、恐らく彼との間のいざこざもなかっただろう。
もしムーグループが本当に彼らが思ってるような立派な大企業だったら、 計画は失敗しても、マイケルとの取引を逃がすことはないでしょうとアシュリーは思った。
「ねえ、聞いてるの? あなたは、今週の土曜日午後3時にそこに行きなさい、必ずよ! 忘れないで。 あなたが来なかったら、本当に腹を立てて懲らしめてやるわ」とペギーは怒りに満ちた声で言った。 その時初めて、アシュリーが自分の言葉に全く注意を払っていないことに気づいた。
「そんなバカな縁談を取り消したほうがいいわ。 私は絶対行かないから」とアシュリーはペギーを冷ややかに見ながら言った。
「彼らは私の結婚を利用しようとしてる。 絶対その思惑通りにはさせない」と彼女は思った。 彼女はあざけるように立ち上がると、ドアに向かって歩いた。
「アシュリー・ムー! 止まれ!」
ペギーはアシュリーを追いかけて叫んだ。
「あなたをここまで育てたのは私たちよ! 恩返しとして何か返したいと思わないの? 最後にもう一度だけ言うわ、あなたには今週の土曜日、お見合いに行くという選択肢しかないのよ!」 ペギーは断固とした調子でそう言った。
しかし実際の彼女は内心、不安だった。 「アシュリーがお見合いに行かなかったらどうしよう? また私の計画をめちゃくちゃにしたらどうしよう?」
「だけど、彼女がどう思っているか関係ない。 必ずそこに行かせてやる」とペギーは思った。
アシュリーは手をドアの上に置いたまま立ち止まっていて、 ペギーを鼻であしらった。
「もし彼らがビジネスを拡大するためだけに私を金持ちとの結婚に使いたいのであれば、もっと多くの女の子を養子にするべきだったかもしれない。
そして彼女らにお金持ちの男を誘惑する技術を教えればハニートラップ部隊ができたのに)と彼女はあざ笑った。
素早く向きを変えると、アシュリーは何の感情も見せないまま、まっすぐペギーの瞳を見つめ、 「私が行く代わりに、ムー家とは今後関わりを持たないということを約束してくれる?」と尋ねた。
アシュリーの冷たい視線によって、ペギーは少し怖くなって、おびえていたが、
彼女が取引を持ち出すと、ペギーの恐怖心はすぐに消え、 落ち着いた表情で「約束するわ。 あなたがそこに行ってくれさえすれば、それ以降、私たちとは何の関係もないことにしてあげる」
アシュリーはうなずいて賛成の意を示した。 彼女は、ペギーがすぐに条件に同意してくれるとは思っていなかったが、驚いたようには見えなかった。
「決まりね。 私は今週の土曜日、そこに行くから。 しっかりと約束を守ってくださいよ」
「もちろん!」 そう言ってペギーは確認した。
彼女はアシュリーの気取ったような振る舞いが気に食わなかった。 「彼女はただの孤児で、取るに足らない存在にも関わらず、まるで名門の出のように振る舞っている」
「あの両親に捨てられ、ホームレスになっていた彼女を、 私たちが養子にして快適な生活を与えていなかったら、悲惨な生活を送っていたかもしれない。
私たちが用意した相手と結婚してくれたら、彼女ももう用済みってわけ。 約束は必ず守るよ、何せ用済みを切り捨てる大チャンスなんだからな」 と、彼女は思った。
しかし、後で自分の決断を後悔することになることを、ペギーはまだ知らなかった。
「やあ、アシュリー!」 といってレナは、アシュリーが階段を降りてくると挨拶して出迎えた。 その周りに漂っていた冷たいオーラで彼女は少し混乱し、 目をアシュリーに釘付けにした。
アシュリーが帰ろうと一目散にドアへと向かって突き進んだ時。
「こんな夜中にアシュリーを一人で帰らせるわけにはいかない。 彼女を車で送っとくよ」アシュリーが家を出ていくのを見た瞬間に、レイモンドは婚約者にそう言った。
彼はためらうことなく真っ直ぐドアの方へと向かった。
レナは、ただレイモンドが家から飛び出すのを見て、
拳を固く握りしめ、歯を食いしばった。
彼女の目にも激怒しているのが見てとれ、
まるでアシュリーを百万個に引き裂きたいと思っているかのようだった。
レイモンドも家を出て、アシュリーに駆け寄ると、彼女の手を取ろうと手を伸ばした。「ねえ、送ってくよ?」
そう言って、彼は微笑みながら申し出た。
アシュリーは手を振ると、不機嫌にこう答えた「いいえ、結構です!」
「アシュリー! ここでタクシーを呼ぶのは難しい。 さずがに、家までずっと歩いて帰りたいとは思わないでしょう。 お家まで送るよ。 僕は君に借りがあるんだ。 その借りを返したいだけだよ」とレイモンドは穏やかな口調で主張した。
「こんなことしないで、レイモンド。 前にも言ったけど、私たちはもう終わってるの。
あなたにはレナがいるじゃない。 私を困らせないで。
それに借りなんてないし、 私のために何かしてあげたいなんて思わないで」
アシュリーは、その誘いを断ると、振り返って歩き去った。
レイモンドはその場で棒立ちになり、彼女の去っていく姿を見つめ、 自分とアシュリーが二度と元に戻れないのだなと確信するようになった。
実際、アシュリーは裏切られるのが嫌いだということを常に知っていて、 そして、それはまさに彼が彼女にしたことだった。
彼が彼女を裏切ったのは彼自身の責任であり、今の今までは、まだアシュリーが愛してくれていると信じていた...
そしてどこかで、無邪気にもアシュリーがまたチャンスをくれるとも信じていた。
...。
ムー家の別荘にて。
「アシュリーになんて言ったの、ママ? なぜ彼女はあんなに怒っていたの?」 レナは興味津々に、目を輝かせながら尋ねた。
彼女は以前、アシュリーが怒ったところを見たことがあったが、 今回のようにかなり激怒しているのを見たのはこれが初めてだった。
「大したことは言ってないよ。 彼女のために相手を用意して、今週の土曜日にお見合いをするよう頼んだの。 あなたを助けるためにね。 彼女がまだレイモンドのことを想っているのではないかと心配してるの。 レイモンドから決して目を離さないようにして、内緒でアシュリーに会う機会を与えないようにした方がいいわ。 彼らを元に戻すわけにはいかない。 わかったわね?」 ペギーは真剣な口調で答えた。
「わかってるよ、ママ。 でも、レイモンドが私の気持ちを考えずにアシュリーのあとを追っかけていったの見たでしょう」とレナは眉をひそめて答えた。 アシュリーの名前を聞いたり言ったりするたびに、彼女は良い気がしなかった。
「私生まれも育ちもいいし、金持ちで最高の教育も受けてる。 顔だって美しいし、 大学では校内一の美女と呼ばれ、成績もトップクラス」
「アシュリーは私よりほんの少し綺麗なだけ」
「しかし、あんな魅惑的な顔しといて、 どんな男と結婚しても、相手は必ず彼女を失うことを恐れて不安になるはずよ」とレナは怒って呟いた。
「まだ彼の心を捕まえていないなら、あなたを愛してもらう方法を考えるべきよ。 昔のことわざにもあるように、「男をつかむなら胃袋をつかめってね。 彼のために料理を作ってあげたらいいわよ」とペギーは提案した。
「ねえ、ママふざけてるの? 私たちには、家政婦がいるわ。 散らかったキッチンで料理はしたくない」と顔に嫌悪の表情を浮かべてレナは答えた。
裕福な家庭に生まれ、彼女は快適な生活を送っていた。
他人のために料理をすることはおろか、自分のためにわざわざお金を稼ぐこともしなかった。
「毎日彼のために料理をしてと言っているのではなく、
あなたがそうしたいとしても、私は同意しないわ。 あなたは私にさえ夕食を作ってくれてなかったもの。 愛する娘が苦しんでいるのをただただ見て、耐えられると思う?」
ペギーはレナの手を取ってこうアドバイスした。「だからレイモンドの母親から始めるべきなのよ。 彼のお母さんはあなたがとても好きなようだから。 彼女とより多くの時間を過ごして、ゆっくりと時間をかけ、あなたのことをもっと好きにさせられるわ」
そういってペギーはまた娘にいくつかアドバイスをした。 レナがレイモンドと結婚することができれば、ムー家とルオ家は義理の家族となり、 レナの両親は二人の結婚から利益を得られることは間違いなかった。
アシュリーとエリーは数日しか休みをとっておらず、 そして二人は今日、会社に戻っていた。
彼女らは、ルオグループで働いていたが、働く部署はそれぞれ別であり、 建物に入った瞬間、自分たちのオフィスへと別々の道を進んだ。
アシュリーがオフィスに入ると、噂話をしていた多くの女性たちが、ドアが開いた瞬間に話すのをやめ、 自分の机に戻る前にアシュリーをちらっと見た。