替え玉の花嫁
作者羽間 里絵子
ジャンル恋愛
替え玉の花嫁
電話を切った後、オータムは昼食を取ることにした。 彼女の同僚達はすでにオフィスを去っていた。 長年にわたるきつい仕事で、彼女は頸髄鋭い痛みを感じていた。
立ち上がって体を伸ばしてから、 彼女はお腹がすいたことに気づいた。軽食を取るために階下に降りた。 1階に着くと、ぼやけているが見慣れたシルエットを見た。 それはイボンヌが男の腕をしっかりと握っていた姿だった。
イボンヌって結婚式から逃げ出さなかったっけ? ここで何しているの?
オータムがその女性を確かめようと歩き出した時、誰かが彼女の腕を引っ張り抱きしめた。 巨大なトラックが彼女の前を通り過ぎた。
「死にたいのか?」 チャールズは怒っているが、心配そうな口調で叫んだ。 オータムは通りの向こうへ消えたあの女性を見つけようと、チャールズを押しのけた。
「お前と話しているんだぞ。 聞いてるのか?」 チャールズは怒りで震えていた。 彼は自分のオフィスからわざわざオータムと昼食を取るために来たのだが、彼が見たのは彼女が道路の真ん中に走って行くとこだった。 オータムにもしもの事があったかもと思うと、彼はまだ怖さを感じていた。
もし彼が彼女を引っ張らなかったら、彼女は今頃…
「何しに来たの?」 オータムがチャールズに聞いた。
イボンヌさえ見つけられれば、オータムは自分自身を取り戻せるのだ。 彼女はもうイボンヌとして生きたくなかった。
一方、チャールズは不機嫌そうだった。
彼はたった今彼女の命を救ったのに、彼女のその冷淡な態度は何だ?
彼女は自分の腕の中に身を投げ、命を救ってくれた事に感謝すべきではないのか?
「おい。 俺はお前を救ったんだぞ。なのにお前は…」
「ありがとうございました」 オータムの感謝の言葉はチャールズの怒りを和らげたが、 彼は何を言っていいのかわからなかった。
「ありがとうございました」 チャールズは聞こえなかったようだったのでオータムは繰り返した。「もしあなたが助けてくれなかったら、私は命を落としていたわ」
「おや、お前も情けを知っているんだな」 チャールズはあざけりながら言った。
オータムは唇を噛み、何も言わなかった。
「もう食べた?」 チャールズは話題を変えた。「一緒に昼食に行こう」
「いいえ」 オータムは首を横に振り、「もう食べたの。 戻るわ。 今日は残業しないといけないから帰りは遅くなる。 だから、待ってなくていいわ」と言った。
そう言い終わった後、オータムは振り返り、去って行った。 この彼女の行動はチャールズを苛立たせた。
シャイニング・カンパニーの社長である彼は断られた?しかも、その無知な女に?
いいぞ!
物凄くいい!
彼女にはその代償を払ってもらわないと!
オータムはなぜチャールズが来たのか気にしなかった。 彼女はシャイニング・カンパニーの計画をまとめたかった。 オフィスに戻った後、役に立つ情報を見つけようとシャイニング・カンパニー関連の情報を読み漁っていた。
すでに帰宅の時間になっていたが、オータムは気が付かなかった。 彼女はまだ仕事の山に埋もれていた。
チャールズは彼女の生意気な態度に罰を与えたかったが、何故か彼女のオフィスに向かって車を走らせていた。 クラウド広告会社の社員がだいぶ出てきたが、オータムの姿はどこにも見えなかった。
彼は車をロックし、建物の中に入った。入口の暖かい灯りはまるで家へ帰る人を待っているようだった。
オータムはコンピューターの画面の情報を読むのに専念していたので、 チャールズが来たことに気づかなかった。 彼は長い間辛抱強くドアのところに立っていた。 突然、レイチェルが電話をかけて来た。
レイチェルは仕事を終えたところだった。 昨夜、彼女が目を覚ましたとき、チャールズが何も言わずに去ったことに気がついて、 とても腹を立てていた。
チャールズは弱いものだけを受け入れ、強く出る物は受け入れないことをレイチェルはよく知っていた。 もし自分が彼の前で癇癪を起こしたら、彼は去っていくに違いない。 だから、いつも大人しく、礼儀正しかった振舞いをした。チャールズは自分のそういう優しさが好きだからだ。
涙を流せば、チャールズは自分の要求を全て飲んでくれたとレイチェルが思っていた。
チャールズは電話を取り、レイチェルの優しい声を聞いた。「チャールズ、どこにいるの? 今、仕事を終えたところなの。 一緒に夕食に行かない?」
「もちろん」 レイチェルの声がチャールズを落ち着かせた。 彼女はそういう不思議な力を持っていた。いつも彼を落ち着かせることができた。レイチェルのことを思いながら、彼はオータムの事を忘れることにした。 彼は建物から出てレイチェルに聞いた。「どこにいるの? 迎えに行くぞ」
「私は…にいるわ」彼女はチャールズに居場所を教え、彼をじっと待っていた。
チャールズの祖父ゲイリーは自分の事が好きではなかったが、歳を取っており、もう長くは居られないだろうとレイチェルが思っていた。
その上、チャールズは彼女に、たとえ誰と結婚しても、彼は彼女を裏切らないと約束していた。 彼女がすべきことは彼をそばに引き止めておくことだ。 早かれ遅かれ彼女はチャールズの妻になるだろうとレイチェルが確信していた。
レイチェルはそんなに長く待っていなく、 チャールズが来た。 車に乗り込んだ後、可愛らしげな笑顔でチャールズにキスし、聞いた。「夕食は何にする?」
「近くに新しいお洒落なフレンチレストランができたんだ。 そこに行かないか?」 チャールズはレイチェルに聞くため顔を傾けた。
「まぁ、今夜は私に任せてくれない」 チャールズが頷いたので、彼女は無邪気に瞬きをし、陽気に笑った。
レイチェルはチャールズをホテルに連れて行った。 エレベーターの中でチャールズは眉を顰めて聞いた。
「来たかった所ってここか?」
「そうよ」 レイチェルはチャールズの腕をしっかりと握って言った。「チャールズ、私、仕事で疲れ切ってるの。 他人に邪魔されない、静かな場所であなたと過ごしたい」と言った。
レイチェルはチャールズの肩に頭をもたせ、「それに、ここの食事も美味しいのよ。 後でルームサービスを注文しよう?」と続けた。
「わかったよ」 チャールズは頷いた。 彼の口調が冷ややかにも関わらず、目には溺愛でいっぱいだった。
レイチェルは満足だった。 彼女はチャールズが感情をあらわにする人じゃないとわかっていた。
彼らは2年間付き合っていたにも関わらず、まだセックスをしていなかった。 しかし今となっては、チャールズが彼の祖父を満足させるために他の女性と結婚した事に対し、レイチェルは不安を感じていた。
彼女は今夜、チャールズと関係を持ちたいと思っていた。 妊娠して男の子を授かった方がよりいいであろうと考えていた。 この事が上手く行かなかったならば、彼女には別の計画が既にあったのだ。