替え玉の花嫁
作者羽間 里絵子
ジャンル恋愛
替え玉の花嫁
「なんでじっと立っているの?」 オータムに言われてから、チャールズは我に返った。 服を着替え、手を洗った彼が 洗面所から出てきた時、オータムは丁度料理を終えたところだった。 彼女はテーブルに豪華な食事を並べていた。
「これ全てお前が作ったのか?」
「ええ」 と、オータムが頷いた。 彼女にとって、これは難しい事ではなかった。
「お手伝いさんからあなたは薄口の料理が好きだって聞いたのよ。 食べてみて。 好きじゃなかったら、今度改善するわ」 オータムはチャールズに箸を渡し、彼が酢豚を食べるのを見ていた。 「どうかしら?」
「美味しい」 その言葉を聞いた時、オータムはとても嬉しかった。
彼女にとって、料理をするのはただ人に食べさせる事ではなく、作った料理を褒めてもらう事だ。 うれしいながらも、彼女は企画の事で不安だった。そのため、ただ食べ物を流し込むだけだった彼女は、 チャールズの疑わしそうな目に気づかなかった。
裕福な家庭生まれのお嬢様ってこんなに上手に料理ができるものなのか と、チャールズが不思議に思った。
突然、電話が鳴った。 チャールズはそれをちらりと見て、怒りで難しい顔をした。
最近、レイチェルは通りをわきまえない事をしているなあと彼は思った。
だから、彼は電話に出るつもりはなかった。
が、「貴方が電話を取るまでかけ続けるわ」とでも言っているように、電話は何度も鳴り続けた。
「バイさん?」 オータムは意図せず電話を覗き込んだ。 チャールズが自分を怒らせない為、電話に出なかったと思って彼女が言った。 「出ようよ。 急用があるかもしれない」
オータムがはっきり言わなくても、彼には彼女が何を意味したのかがわかっていた。
彼女は彼とレイチェルの関係を全く気にしていないのだ。 しかし、彼は彼女の夫だ。
なぜかわからず、チャールズはムッとして電話に出た。 レイチェルがか弱い震えた声で言った。「チャールズ、助けて…」
彼はしかめっ面をし、心配して聞いた。「どうした、レイチェル? 今どこにいるんだ?」
彼女のか弱い声は彼を不安にさせた。 オータムは彼をチラリと見て、顔を落としてまた食べ始めた。
チャールズが心配そうに聞いた。 「一体どうしたっていうんだ?」
「私…」 レイチェルは不快感を抑えながら言った。「チャン監督の所に来たの。 ビジネスの事を話していたんだけど。突然彼が私を触り出して… 彼を怒らせるのが怖くて、洗面所に逃げこんでいった。 そして、帰る挨拶をする為に部屋に戻ったの。そしたら、彼が私にワインを勧めてきて。 仕方なく、一口飲んだんだけど。 たった今…」
「薬が入っていたのか?」 チャールズは何が起こったのかがわかった。
「私… わかんないわ。チャールズ、 暑い…」 彼女の様子から見ると、確かに薬の入っていたワインを飲んだのだ。
「そこで待ってろ。 すぐ行く」 チャールズは電話を切り、車の鍵を掴むと急いで出かけていった。 オータムに出かける事を言うのも忘れていた。
オータムはテーブルの上に並べていた豪華な食事を見て、突然食欲がなくなった。
「何を考えてるの?」 オータムは自分の頭を軽く叩き、独り言を言った。 「レイチェルが彼の本当のガールフレンドなのよ。 あなたはただの偽の妻よ。 なぜ気にしているの?」
彼女は自分自身を慰めながら、 テーブルを片付けた。そして、階上に行って企画に取り掛かっていった。
レイチェルの居場所を確認したチャールズは急いで車を走らせた。 何と言っても、レイチェルは女性だから、 そのまま彼女をほっといたら、彼は罪悪感を感じるだろう。
そこに着いたら、チャールズは2階に急いだ。 ドアのガラス越しに、ぼんやりしたが、無理やりレイチェルに触ろうとしているチェン監督の姿が見えた。 レイチェルが彼を引き離さそうとしていたが、彼女の細い体では到底無理だった。 それに薬が効いていて、彼女にはそんな力がなかった。
チャン監督の手が彼女の太ももから上に動くのを見て、チャールズは激怒した。 彼はドアを押し開け、怒った顔で部屋に踏み込んでいった。 彼の顔は嵐が来ているかのように暗かった。
「チャールズ…」 チャールズがドアの所にいるのを見て、レイチェルはほくそ笑んだ。
そうだ、これは彼女がわざとした事だった。
あのワインに何かが入れられているのを知っていたが、わざと飲んだのだ。
今チャールズが実際に現れたのは、彼がまだ彼女を愛していることを証明しているのだ。
「レイチェル…」 チャールズはレイチェルをチャン監督から引き離し、抱きしめた。 チャールズの香りを感じ、レイチェルはさらに大きな笑顔を浮かべた。
「お前は誰だ? チャン監督がいるのが見えないのか?」 チャン監督のアシスタントが彼を押しのけた。 チャールズは冷淡で怒りに満ちた顔で、彼の手を引っ掴み捻り込んだ。 すると、アシスタントは痛みから叫んだ。
「馬鹿野郎。あの人が誰か知っているのか? すぐに俺を離した方がいいぞ。 そうでなければ、一生後悔することになるぞ」 彼は叫び、チャールズを脅した。
「そう? じゃあ、待ってるよ」 チャールズは嘲笑した。そして、チャン監督に向いて言った。 「チャン監督、お久しぶりだなあ。 エンターテインメント業界から退きたいのか」
「チャ… チャ… チャールズ・ルーさん…」 その部屋の中は薄暗く、チャールズが明かりを遮っていたので、監督はそれがチャールズだと今まで気がつかなかった。 それがチャールズだと解った今、彼は吃りながら、数分前と違った態度をとった。
額から汗が流れ落ち、チャン監督は立ち上がった。 まさかレイチェルが、Y市でとても権力のあるチャールズ・ルーと繋がっているとは思いもよらなかった。
もし彼がチャールズに反抗でもしようものなら、彼のキャリアは終わってしまうだろう。
そんな事を考えて、チャン監督は怯え始め、 乱暴に自分に平手打ちした。 「ルーさん、 俺は馬鹿者だ。 バイさんがあなたのものだとは思ってもみなかった。 どうか、許してくれ。 本当にすまない」
「解毒剤をくれ!」 チャールズはこれ以上何か言うつもりはなかった。
「何だって… 解毒剤?」 チャン監督は、チャールズが何を言っているのか理解するまで呆然としていた。 やっとチャールズの話を理解してから、 「そ…その薬には解毒剤がない」と彼がさらにおびえていながら言った。
チャールズは腕の中にいるレイチェルを見下ろした。 その薬が効き始めている事は確かだ。 彼女はうめき声を上げ、ドレスのボタンを外しさえした。
「ル、 ルー、 ルーさん」 チャン監督は勇気を引き絞って言った。「薬が効き始めている。 バイさんを自宅に連れて帰った方が…いいじゃない…」
チャールズが彼に鋭い視線を向けたので、彼はあえて言葉を終わらせなかった。
「お前、一体何者だ? チャン監督によくもそんな態度が取れるな?」 チャールズにより手をへし折られそうになっても、このアシスタントは臆病さを見せることがなかった。
「黙れ!」 チャン監督は急いで彼を止めた。 彼はこの馬鹿なアシスタントの頭を捻り、押さえつけたいと思っていた。