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「お前の母親が犯した罪を, 一生かけて体で償え」
そう罵られ, 私は橋本家の「名ばかりの妻」兼「奴隷」として生きてきた.
夫の久明は, 私の目の前で愛人と情事に耽り, 少しでも逆らえば容赦なく暴力を振るった.
私の裸の写真を撮り, 「逃げればこれをネットにばら撒く」と脅す彼に, 私は尊厳のすべてを奪われていた.
しかし, あるパーティーで再会したかつての恋人, 斉藤樹栄が私の運命を変えた.
衆人環視の中で私を殴りつけようとした久明の腕を, 樹栄が掴み上げたのだ.
そして彼は, 私の耳元で衝撃的な真実を告げた.
「紀枝, 君の母親は無実だ. 金を奪い, 家庭を壊したのは久明の父親の方だ」
私が7年間, 地獄のような日々を耐え抜いた理由は, すべて久明たちが仕組んだ卑劣な嘘だったのだ.
真実を知った瞬間, 私の中で何かが音を立てて壊れ, そして燃え上がった.
私は涙を拭い, 樹栄の手を強く握り返した.
もう, 罪人の娘なんかじゃない.
私を陥れ, 人生を狂わせたこの男たちに, 相応の地獄を見せてやる.
第1章
私の喉は乾ききっていた. 乾きすぎて, 声が出せなかった.
足元から這い上がる湿気と, 頭上を覆う重い空気.
吐き気がするのに, 吐き出すものもない.
私は, この世の終わりのような, 静寂の家に立っていた.
私が稲葉紀枝.
この橋本家の, 名ばかりの妻.
かつてアパレル業界の名門だった橋本家.
その御曹司, 橋本久明と結婚した.
世間ではそう言われている.
でも, 本当は違う.
私の結婚は, 15年前の「罪」を償うためだった.
私の母が, 久明の父をたぶらかした.
会社の重要顧客リストと資金を持ち逃げした.
橋本家を没落させた.
それが, 久明が私に押し付けた「罪」の物語.
だから, 私は奴隷だった.
久明は私を「罪人の娘」と呼んだ.
私のデザイナーとしての才能は, とっくに封印された.
彼の暴力的な支配.
度重なる浮気.
私はそれに耐え続けた.
誰も知らないところで, 橋本家の家計を支えていた.
彼の会社の雑務と家事を, 一人で全てこなしていた.
その夜も, 同じだった.
久明はいつも通り, 午前様で帰ってきた.
私は彼のために, 遅い夕食を用意していた.
足音が聞こえる.
玄関のドアが開く音.
そして, 女の笑い声.
私の心臓が, 凍り付いた.
私は, 息を潜めて, 書斎のドアの隙間から覗いた.
光の筋が, 薄暗い廊下に伸びていた.
そこに映し出されたのは, あまりにも醜悪な光景だった.
久明が, 見知らぬ女と抱き合っていた.
女は, 久明の腕の中で, 媚びるような声を上げていた.
その声が, 私の耳の奥で, 粘りつくように響いた.
女の体は, 久明の腕の中に完全に収まっていた.
薄いシルクのドレスが, 肩から滑り落ちている.
肩が露わになり, 久明の指がその滑らかな肌をなぞっていた.
女は首筋に顔を埋め, 陶酔したように目を閉じていた.
その姿は, 私に向けられたことのない, 甘美なもので, 私の胃が収縮した.
久明の顔には, 私が見たことのない, だらしない笑みが浮かんでいた.
彼は女の髪を弄び, その指先が, 女の背中をゆっくりと滑り降りていく.
女は嬌声を上げ, 久明の唇が, 彼女の耳元で何かを囁いた.
その瞬間, 女は身をよじらせ, 久明の首筋に深い口紅の跡を残した.
私の胸が, 鉛のように重くなった.
喉の奥から, 苦いものが込み上げてくる.
久明は女の顎を掴み, 無理やり顔を上げさせた.
女は笑っていた.
私の目には, その笑みが, 久明への支配を誇示しているように見えた.
久明は, 私に向けた時と同じ, 冷たい目で女を見ていた.
だが, その視線の奥には, 飢えた獣のような欲望が宿っていた.
女は, 私の存在に全く気づいていなかった.
久明の腕の中で, 甘えたような仕草を繰り返す.
その背後で, 私の心は, 音を立てて砕け散った.
久明の指が, 女の肌に吸い付くように動き, そのたびに, 女は小さく喘いだ.
私の心臓が, 脈打つのを忘れたかのように, 静かになった.
私は, もう何も感じなかった.
怒りも, 悲しみも, 絶望も.
ただ, 空っぽだった.
私の頬を流れる涙が, 冷たく感じられた.
指先が震え, その震えが, 全身に広がっていく.
私は, その場で, 崩れ落ちそうになった.
「久明さん... 」
私の声は, か細く, 自分でも聞き取れないほどだった.
しかし, その声は, 書斎の中の二人の耳には届いたようだった.
久明と女は, ハッと顔を上げた.
女の顔から, 血の気が引いた.
久明の顔色は, 一瞬で, 冷酷なものに変わった.
久明は, 女を突き放すように手で制した.
女は混乱したように, 身につけていた薄いドレスの肩紐を慌てて引き上げた.
彼女の目は, 私を捉え, 驚きと恐怖に満ちていた.
久明は, その女を庇うように, 私の前に立ちはだかった.
彼の目は, 私を責めるように, 鋭く光っていた.
私の視線は, 女の足元に落ちた.
散らばった口紅と, 乱れた髪.
そして, その首筋に残された, 久明の赤い痕.
それは, まるで私の存在を嘲笑うかのように, 鮮やかだった.
私の心臓が, 再び激しく鼓動を始めた.
しかし, それは痛みだけを伴うものだった.
私は, 口を開こうとした.
しかし, 言葉が出なかった.
喉の奥が張り裂けそうなくらい, 痛かった.
息が詰まるような, 苦しい沈黙が部屋を支配した.
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