私のCEOであるパパ
作者谷田部 崇博
ジャンル御曹司
私のCEOであるパパ
ニコールはさきほど電話口でどれほど冷酷にカーが話していたかを忘れることができなかった。 その言葉によって、彼はその女性としばらく付き合っていたのだということが分かった。 にもかかわらず、彼はその女性に中絶を強制した。 ましてや、自分は彼にとって単に一夜を過ごしたたいした意味のない人だったのだ。
ニコールはジェイにだけは父親が冷淡な男だということを知ってほしくなかった。 それ以上に、カーがジェイが本当に誰なのかを分かってしまったらどうなるかを彼女は想像することができなかった。 そして、その瞬間に彼女の頭に浮かんでいた唯一のことがあった。
それは、カーに絶対に自分たちのことを知られてはいけないということだった。
リバーサイドガーデンの外に車が停まるまで、沈黙が続いていた。 ニコールが一言もいわずに車から降りようとした瞬間、カーが急に眼を開けた。
「息子さんをつれて来ればいい。 車を待たせておこう」
ニコールはその言葉に初めはショックを受けたが、なんとかそれを乗り越えて、静かに微笑んで言った。
「ありがとうございます、グー様。 ですが、私の家はここから近く、息子は人見知りをするタイプなので、 これ以上ご迷惑をお掛けするわけにはまいりません」
辞退された提案に、カーはそれ以上なにもいわなかった。 ただ、質問を彼女になげかけた。
「なぜ、お前が忙しいとき父親に子どもの世話をさせておかないんだ?」
静かにニコールはこぶしを握り締めていた。 「私には夫がおりません」
なるほど、結婚をしていなかった未婚の母なのだ。
それを知ったカーの顔が一瞬ぱっと喜びで明るくなった。ニコールが車から降りてリバーサイドガーデンに入っていったのを見て、 彼は運転手に帰ろうと伝えた。ちょうどその時、アシスタントが突然電話をかけてきた。
「グー様。 送金は完了しております。 仰る通りでした。 その子どもはまったくグー様のお子さんではないです。 彼女はこの生まれてくる子どものおかげで、裕福になると思ったのですが、 グー様の脅かしで、すべて白状しました」
冷笑でカーの口角がめくれ上がった。 「もう、それでいい。 もっと重要なことがあるだろう」
電話口の向こうではアシスタントが罪悪感でためらっている様子だった。
「大変申し訳ございません。 グー様。 7年前のあの夜、ホテルは電力が弱まってしまったため、ビデオが録画されていなかったのだそうです。 ですのでお話しされた女性についてはまだ分からず終いで…」
「それで7年間待たされていたのだと?」
カーの口調には攻撃性が感じられた。 「彼女を見つけるために少し時間をかけても、それは問題ではないと前に話していただろう。 だが、これまで俺のために何年も働いてきているから、俺があまり忍耐強いほうではないのは君はよく見て知っている」
電話口の向こうにいるアシスタントは大きく深呼吸をして、何か言おうとしていたが、一言いう前にカーは電話を切ってしまった。 革のシートにだらりと寄りかかっていたカーの目の色は 濃い色をしていた。
さっきカーは目を閉じたが、ニコールが彼に向けた視線をまだ感じていた。 そして、彼女は去ろうとしたときに、うまく自分の本心を隠したようだった。しかし、彼女がどんなに隠そうと、その声が震えていたのをカーは聞き逃さなかった。
彼女は怯えていた。しかし、何に怯えていたのだろうか?
その間、リバーサイドガーデンのバーロンの家では、ニコールは青ざめた顔をして、手を震わせながらソファに座っていた。 バーロンの心配そうな表情をみて、彼女は深呼吸をすると、かすれ声で話し始めた。
「バーロン、お願い」
いま彼女が唯一信用できるのは、バーロンだけだったのだ。
酷く青ざめた顔でニコールが振り向いたので、バーロンの表情もさらに緊張した。
「どうしたんだ?」
ニコールは寝ている息子をちらりと見ると、何とか自分を落ち着かせようと最善を尽くした。
「私の過去はすべて消さなくてはならないの。 誰かに私の過去を知られるわけにはいかない。 ジェイの父親が私からジェイを連れ去るようなことだけは避けなくては」
彼女はカーが実はジェイの父親であることをバーロンに告げるべきか分からなかった。
どれほどの有力者なのかまだカーのことを十分に知らなかったのだが、おおよそ推測はできた。 だから、バーロンの将来には迷惑をかけたくなかったので、彼に告げないほうがいいだろうとニコールは判断した。
「そうか、わかった。 心配しないで」
ニコールがどれほどジェイを大切にしているかはバーロンには十分に分かっていたので、彼はニコールに対する本当の気持ちを話さないように決めていた。
なぜかというと、ニコールが6歳の息子を一人で育てているということは彼にとっては問題なかったにしても、彼の家族はジェイを受け入れることは決してないからだ。
ニコールがジェイを抱いてリバーサイドガーデンを出た時に、彼女は黒いポルシェが戻ってきているのには気づかなかった。 その車は彼女から離れたところで、暗闇の中に隠れていた。
カーの鋭い黒い眼は暗闇の中でも明るかった。
そして、アシスタントに今度は彼の方から電話をかけた。
「新たに採用したニコール・ニンについて調査しろ」
アシスタントが返事をする前に、カーは電話をきった。
翌日、カーは事務所に座って、アシスタントのジャレドが集めた情報に目を通していたのだが、穏やかな表情が突然暗くなった。
ジャレドが彼に渡した資料は、ニコールがグーグループの人事に提出したものと同じ内容だった。 彼女はマンハッタン大学へ進学する前の情報は一切載っておらず、子どもの父親が誰なのかもわからなかった。
「これしかないのか?」
カーの声があまりにも冷たいので、ジャレドは頭を下げてカーの目を見るのを恐れているようだった。
「グー様。 私がニコールについて調査したときに、これが唯一の資料だったのです。 不思議なことですが、ニン家の人間であることが分かっていますが、ニン家の倒産から間もなくニコールがマンハッタンにいっていきました」
「それに、彼女の息子についての情報は全く見つからないのです。 誰かと一夜限りの関係をもって、こっそりと出産をしたのかもしれませんが、それで何も情報がないと考えられます」
ジャレドがカーの元で長い間働いてきたので、彼がどういう人なのかは相当理解していた。 確かに、これほどカーが女性について興味を持つ姿を見るのは大変奇妙なことだった。
カーは退屈そうに、これ以上調査してもしょうがないという風に手を振ってみせた。 しかし、それでもニコールは彼に深い印象をのこしていた。
「俺の記憶が正しければ、今夜は仕事の打ち合わせを兼ねた夕食会があるだろう」
「はい。ソグループの社長、ソーグループの若旦那、それからこのプロジェクトにかかわっている社員何人かが同席します」
カーのアシスタントとして、ジャレドは、例の7年前のこととニコールのことを調べろと言われたことでない限り、なんにでも優れた能力をみせた。
「このプロジェクトにはディレクターのニンも関係している。 確かそうだったよな?」
カーは、ニコールに関するファイルの写真に目線を落とし、しばらく何かを深く考えているようだった。
ジャレドはショックからすぐに抜け出ていて、それに反応した。 彼はうなずいて言った。
「もちろんですとも、 グー様。 どうぞご心配なく」
そういうと、ジャレドはソグループとの計画の資料が入ったファイルを手に取って、ニコールのオフィスへと行って、そっとドアをノックした。
トン、トン、トン。
「どうぞ、お入りください」
ニコールはパソコン画面を見たままだった。 彼女はドアから誰が入って来るかわざわざ目を上げて確認することをしなかった。
「ニンディレクター、これから始まろうとしているプロジェクトの計画です。グーグループとソグループの協力プロジェクトについてです。 グー様が、 このプロジェクトは、あなたが担当するようにとのことです」
ジャレドは話しながら、書類をニコールの目の前の机に置いた。