私のCEOであるパパ
作者谷田部 崇博
ジャンル御曹司
私のCEOであるパパ
だから、しょうがなくなったバーロンは、 ニコールに会いに行かざるを得なかった。
「今日は忙しくないの?」
ニコールはジェイの手を握って、 バーロンに向かってゆっくりと歩くと、車に乗り込んだ。
バーロンはいつもよりも何か不自然なニコールの様子に気がつくと、変に思って何気なく尋ねてみた。
「顔どうしたの? 暑い?」
夕方になった今、 顔の怪我を隠そうと、濃い目に施していた化粧が取れてしまっていたので、少し赤みがかかっていた。
「あら、これね! 気にすることはないわ。 その辺の犬が軽く噛んだだけよ」
ニコールはバーロンに軽く顔を歪めて見せると、ジェイの方を見て、とても幸せそうな笑顔になった。
「ジェイが作ったサンドイッチは本当に美味しくて、舌を鳴らすほどだったわ。 でも、ママはまだ食べれるわ」
誰かが一つ食べちゃったからね。
ジェイはそういった会話は好まないといったように顔を背けた。
ふん! 愚かな母親が自分で怪我をしてしまったことを忘れられなかったからだ。 彼はまだ母親にきちんと話を聞いていないと思っていた。 その話を持ち出さないからといって、頭の中から消えてしまったわけではなかった。 ファン叔父さんまで気づかれたので、母親に簡単に誤魔化されたわけがない。
彼女は真実を隠そうとしてるのは、 自分を見下しているのだ!
そう考えながら、ジェイは「一度に二つ食べると十分だよ。 それ以上食べすぎると、腹痛を起こしたり、病気になったりすることもあるので、気をつけてね」といった。
ニコールは時々お腹の調子が悪いことがあったので、ジェイは彼女に食事を管理するように改めて注意したのだった。
6歳の子どもならば、自分のことを制するのも困難なはずだったが、 ジェイとすると、自分のことだけではなく、母親のニコールのことまでも責任を取る必要があった。
「少し褒められたからって、お世辞として受け止めるわけではないことを覚えといて! 本当に怒っているんだから!」
「明日、大好きな煮魚を料理するっていうのはどう? 少しは機嫌を直してくれると思うんだけど?」
ニコールは眉をひそめて、それから笑ってくれそうな表現をしたつもりだった。 場の空気が少しでも軽くなるようにと思っていたが、ニコールは現時点ではそれに成功していないようだった。
「甘い言葉には騙されないよ。 ほめ言葉には何か裏があるだから」
ジェイのこの言葉はバーロンを大笑いさせた。
「ハハッ!」 笑いがこみあげてきて、バーロンは呼吸すらできないほどだった。
この親子は本当におかしいと彼は思った。 まるで立場が逆転している、どっちが母かどっちが息子かがわからないのだ。
「私のことを笑わないで」とニコールははっきりいった。
ニコールはおべっかをいうのにもう疲れてしまっていたので、ジェイに謝るようにいうのは今のところ諦めた。 家に帰ってから息子にまたお説教をされてしまうだろうから。
他の子どもたちは普通は親から逆に教えられているはずだった。 ジェイが何かを彼女に教えるのには慣れてしまっていました。
「女の子の帰宅が遅いと、危険な目にあいかねない」など、 ジェイがニコールにいった言葉だった。
またどんな小言をジェイからいわれるだろうかと、ニコールは頭が痛かった。
「今度はまた何をやらかした?」
マンハッタンでこのシーンは何度も見ているバーロンが聞いた。 そして、今日はまたそのシーンを見た。
「話せば長いのよ。 だから笑わないで。 あなただって子どもがいればすぐに分かるわ」
窓の外を眺めながら、ニコールは言った。 まあ、バーロンに笑われるのは珍しいことではなくて、慣れてしまっていた。 自分は賢い女性だったので、賢い息子を生んだのもおかしくないだろう。
バーロンはそれ以上笑うのをやめて、気にならないといった風に肩をすくめた。 ニコールとジェイのような風変りな親子の組み合わせは世界に数少ないに違いない。
「それで、グーグループで働いて、どうだった? 異国から戻れば、また新しい習慣をみにつけなくちゃならないだろう?もう慣れた?」
バーロンは常にニコールのことを心配していたけれども、彼女は楽観的で常に前向きだったことを理解していた。 やりたいと思ったら彼女はなんでもやるのだった。 彼女はどんな状況においても、自分に迷惑をかけることを嫌っていたので、ファングループを選ばずにグーグループへ行ったのは最初からバーロンが分かっていたことだった。
「ええ、慣れてるよ。 何が問題って、ジェイと一緒にいる時間が少なくなっただけで」
もしも早くジェイの本当の父親がカーであることがわかっていたならば、ニコールはグーグループで働かずにバーロンの世話になっていたはずだった。 しかし、今グーグループを突然やめてしまったら、それこそ疑いが大きくなり兼ねなかった。
ニコールをちらっと見たバーロンは、何か心配なことがあるのだろうと察して、さりげなく言い続けた。
「グーグループは確かにファングループよりも発展して、先を行っている。 カーが会社の責任者となってからは、グーグループは大きく生まれ変わり、そして新たな方向性が見えてきた。 僕だって、カー・グーの会社に貢献するための絶え間なく努力し続ける姿には感服するといわざるを得ない」
伝説的な男として、カーは市内全体の話題にまでなっていた。 別に隠れている訳ではないのだったが、彼はほとんどの時間メディアから離れていようとしたので、実際のカーを見たことがある人は稀だった。
「カーって人は、それほど驚くべき並外れた才能の持ち主なのか? グーグループは長い歴史のある家族が経営している市内でも有名な会社の一つだ。 大規模になっているのも、当然だろう」とバーロンは語った。
こうしたグーグループの詳しい話については、敢えてニコールは知らずにいようとしていた。それよりも、グーグループが将来どうなるかが問題だった。 バーロンがカーに対して好意的に評価していたのをきくと、ニコールは少しだけ驚いて見せた。
バーロンにはそうした謙虚さがあるのだ。
「それに、カーはグー家の新しい跡取りとして一家を成功へと導く、唯一無二の存在だといわれている。 ビジネスの才能が非常に高く、そして、それは誰よりも優れていて、間違いなく彼には備わった天才的な力がある」
ジェイは後部座席に座ったまま、ニコールやバーロンが気がつかないうちにカーの名前を書き留めていた。
世界中でカーほど立派な人間について耳にしたことがなかったのだ。 ジェイの最も叶えたい願いは、ニコールを守るための強い男になることだった。
そうなることで、ジェイは父親を捜し出して、なぜ自分と母親を捨てたのか答えさせようとしていた。
ジェイは本能的に非常に強い権力のある人が自分の父親であると感じていた。なぜなら、どう考えても自分の並外れた知性はニコールから受け継いだものではなかったからだ。
「おそらく。 直接私がカーにあった時は、彼がその伝説の男だとは気がつかなかった。 単なる冷酷な男としてしか見れなかった。全く表情がないの」とニコールはいった。
ニコールはその冷淡な表情を思い出すたびに、震えがとまらなかった。 ジェイは絶対にカーのようになってほしくはないと常に心の中で祈っていた。
スーパーマーケットでは3人でいろんなものを買った。 なので、帰るころにはかなり時間が遅くなっていた。 バーロンはジェイとニコールを連れて外で食事を済ませると、二人を家まで送って行った。
ニコールが家の照明を消すまでバーロンは見守っていた。 それを確認してから、バーロンはゆっくりと車を出した。 自分の言いたい話がまた言えなかった。
一方、ジャレドがカーの傍らにいた。 ようやく手に持っていた電話が鳴った。
ニコールが退社してから、ちゃんと家に着いたかどうかを彼女の家のボディガードに報告するようにとジャレドが命令を出していた。もちろん、彼はカーの言うことを聞いたからだ。 今までずっとその報告を待っていたのだった。
カーは何もいわなかったのだが、ジャレドは自分の上司がピリピリとした沈黙を続けていることには気づいていた。 この報告にジャレドははっと息をのみ、とても緊張をした。
そして電話を切った瞬間に、彼は口を開いて何か言わなくてはと思った。
「グー様。 ニンさんは家に到着しました。 ファングループのバーロン・ファンが送迎したようです。
カーは上を向いて時計を見た。 もう8時半だぞ、まだまだ早かったが、バーロンと一緒だったの? 彼は考えていた。
「俺に伝えた情報には、ニコールがバーロンと知り合いだってことはなかったが」と、カーはいった。
必要以上に落ち着いた声に、ジャレドは脅かされているように感じた。 そして足が動かなくなったように感じた。 不安になりながらも、即座にこう答えた。
「バーロンさんとニンさんの関係は、マンハッタンで知り合ったもののようです。 級友でいらしたようです」