CEOの彼の罠に落ちた
作者繁昌 空
ジャンル御曹司
CEOの彼の罠に落ちた
鼻筋の通った鼻に薄い唇…1年中大学内で医学を学んでいたからなのか、肌は女性のように白くスベスベだった。
代々医師の家系に生まれた26歳のチャック・シーは、その年齢で既に天才医師と言われていた。 彼は家族からの援助もなく、自分の預金を投資し、ハリーと2人で、この私立チェンヤンVIP病院を設立した。
しかし、チャックは感情を表に出さないし、すこし偏屈な面もある。 偏屈といえば、尊敬する面を持つ人間以外との接点を持つことなどめったになかった。
「これで検査は終わりです。」 チャックはモニターから視線を外したが、じっと見つめてくるローラの視線を感じて、ちょっと眉間に皺を寄せた。
横に立っているハリーは何も話せず、手をパンツのポケットに入れたままで、チャックにうなずいた。 すると、チャックは助手らとともに病室から立ち去った。
病室に再び沈黙が訪れた。 ハリーはデスクに戻り、ノートパソコンで仕事をし始めた。
「あの… すみません…」 ローラはハリーに声をかけてみた。
ローラの声を聞いて、 目が向いてきたが、何も答えなかったハリーだった。
「どうしてワタシはここにいるのでしょうか? ここに連れてきてくれたのはあなたですか?」
「そう、病気のお前を連れてきたのは俺だ。」 ハリーはそっけなくローラにそう答えて、また、ノートパソコンに視線を向けた。
「そうですか。連れてきてありがとうございます。 あの…私いつ退院できますか?」
「あした。」
ローラにとっての問題は、退院ではない。 退院した後、どこに身を寄せるかであった。 祖父の家? それはない。 祖父の家はここから遠い田舎町だ。 ウェンディの家は? とても2人が住められる家じゃなさそうだから、無理だろう。
だとすれば、やっぱりゾーイに頼るしかないんだ。 ゾーイは男だが、寝室が2つあるので、そこは大丈夫だろう。 とりあえずゾーイの部屋に泊めてもらい仕事を探そうか、とローラは考えた。
善は急げでローラはゾーイに電話をかけようとしたところで思い出した。 誕生日パーティーでスマートフォンをなくしたことを。
「ごめんなさい、ちょっとスマートフォンを借りてもいいかしら?」 「この男は見た感じが無愛想だけれど私を助けてくれた。少しくらい人の心というものがあるわよね」とローラは思っていた。
「ハリーだ。」 話しかけてくるローラにハリーの集中が切れた。 ハリーは、ノートパソコンをパタンと閉じるとローラに自分の名前を伝えた。
「えっ?さっき何か言いましたか? 確か、ハングリーか何か?」 ハリーの言葉はローラの耳から耳へ抜けただけだった。そんなローラだ。思いついた言葉がそのまま出てしまった。
ハリーは眉間に深いしわを寄せ、顔をしかめながら大きく息をついた。
そして、ドンドンと大股で2歩、ローラに近づいた。
「おい、女! 俺の名前はハリーだ。恋人の名前くらいきちんと覚えろ! なんなら1文字1文字、おえかき帳に書いてお教えしましょうか?」 ハリーはローラのベッドに両手をつき、ローラにギリギリまで顔を近づけて奥歯を噛んだままそう言った。
「はぁ?!あなた、何を言ってるの? そもそもあんた、ワタシのこと知っているの? 『恋人』ですって? よくもまあしれっと言ってくれるわね! ローラはそうまくし立てた。 数日前であれば「あなたみたいな男がワタシの恋人のわけじゃない、彼氏はマイクだよ」と、きっとローラが堂々と言い切っただろう。
でも現実は変わっていた。 今、ローラのそばには誰もいない。
「ローラ・リー、ふたご座、先月南カリフォルニア大学を卒業し、数日前に22歳のバースデイを迎え、その夜、ペニンシュラホテル8階の888号室である男と寝た...」
「ちょ、ちょっとストップ!ストップ!」 そのローラの声は叫びに近かった。 このハリーという男は一体何者なのだ? なぜ男と一緒に寝てたことを知っているのか?
「人が話している時は割り込むな。幼稚園で習わなかったのか?」ハリーは相変わらず不機嫌そうに言った。 口を少し尖らせるながら、「Bカップ、ウエストサイズ70cm、体に黒いアザがある…」とハリーは続けた。 「それは生まれつきのアザではなさなそうだったな。詳しく診ていないから断定はできないが後天的なもの...」
「やめてってば!!」 そこまでハリーが言ったところで、ローラはハリーの口を思いっきり押さえつけた。 「どうしてあなたがそんなこと知ってるのよ? もしかして私がお風呂に入った時、覗いていたんじゃない? いいからさっさと白状しなさいよ!なんでそんなこと知ってるのよ!」 ローラはハリーを思いっきり睨みつけていたが、ハリーはその様子を可愛いと思ってた。
ハリーは口元のローラの手を外した。ローラは、まるで汚いものでも触ったあとのように、すぐに布団で自分の手を拭いていた。
まるで子ども。しかし頑固そうでもあるローラ。 そんなローラを困ったような顔で見つつ、ハリーはファイルケースから何枚の紙を取り出してローラに渡した。
「…婚前契約書?」 ローラはその文字をもう一度確認するようにゆっくり目で追ってから、ハリーの顔を見上げた。ローラは戸惑いの色が隠せない。
「その通り。婚前契約書だ。書いてあるだろう。 お前が俺の『初めて』を奪った以上、 大人としてのお前にきちんと責任をとってもらう。それだかだ。」 淡々と大きな爆弾をハリーはローラに落とした。 そしてローラは、豆鉄砲を食らった鳩のような顔をして絶句していた。
何が起こったのだろうか。 ローラにとっては天変地異が起きたも同然だった! ハリーが、目の前のハリーがあの夜の、あの男だ! 「初めて」の責任を取る?誰が何の責任を取るというのだ! 「それはこっちのセリフだよ! あなたこそワタシのバージンを奪ったくせに!」 驚きのあまり、眼球が飛び出そうなくらいローラは目を見開いていた。 まだ、まったく、これっぽちも、あの夜の男がハリーだとは信じられなかった。 あ、思い出した! 確かにこの男だ! あの夜私のバージンを奪った男だ! ローラは髪が動くほどの速さでキッとハリーに顔を向けた。今すぐベッドから飛びかかってハリーを殺してやりたい心境で。
「思い出したか? じゃあ、さっさとこの契約書にサインを。」 そう言うと、ハリーは片手はパンツのポケットに突っこんだまま、高級腕時計が輝くもう片方の手で1本の高級万年筆をローラに差し出した。
「嫌よ!」 ローラが嫌だと言う理由は3つあった。 1つは、ハリーとローラはセックスしたとはいえ、赤の他人同士だったから。 2つめ。今のローラは不幸のどん底なので、結婚するような気分ではなかったから。 3つめ。もしハリーが人身売買業者だったならば、取り返しのつかないことになる! 人は決して見た目で判断してはいけないとは言え、 こんなこと、おままごとでもありえない!と、ローラは小鼻を膨らませて大きく息をすった。
一方でハリーは、頭が痛くなってきて、こめかみを揉みほぐしている。 ハリーはハリーでありえないと思っていたからだ。 なぜなら、今まで彼を振った女性などこの世に存在しなかったからだ。 それに交際ならまだしも、この女、ローラはプロポーズを断ったのだ!
「…俺なら復讐の手伝いはできるぞ。 ジェイコブ・チー? マイク・チー…だっけか? ハワード・フー? それからサラ。 俺なら全員倒せる。」 なぜか復讐することに自信満々なハリーに、ローラは疑いの目で見ている。
「お前の父親を探すのも、実の親を探すのも手伝う。」 ハリーは後悔などしたことがなかった男だ。 そして今、ハリーは「後悔」という言葉の意味を体感していると感じていた。 自分にとってこれっぽっちも得にも徳にもならない事に関わろうとしていたからだ。
なんて恩知らずな女だ。 いつか必ず、 その鼻をへし折って、俺のとりこにしてやるからな―と、ハリーは考えていた。
「ねぇ…あなた、お名前は?」 ローラの目は真剣だった。
「ふぅ…」 ハリーはリスのように頬を膨らませると一気に息を吐いた。 ハリー!!」 くそ! この女は、多くの新記録を樹立した。その一つがハリーに同じ人に自分の名前を名乗らせる回数を更新した。 結婚してからはちゃんとこの女を懲らしめてやらないと…とハリーは決心した。
「ハリー…?」 ローラは思い出した! ハリーはビジネス界では伝説的な人物で私生活を知る者は少なくミステリアス。それと同時に、ビジネス手段は非常にパワフルで、海外に長く住んでいた。そんなことをローラはいろいろな場所で多く耳にしていた。 「あなたがあのハリーって、どうやって証明するの? 身分証明書だって簡単に偽造できるから、 そんなもの出しても信用しないよ。」とローラは言った。
ハリーは両方の眉をクイッと上げて、身をかがめてローラの唇にキスをした。 「信じられないというならば、ここであの夜を再現してみようか?それが確実じゃないか?」
ハリーは唇をローラの耳元に移してそう囁いた。 ローラはハリーの体に残る甘い香りで惹かれそうになった。
「… やっぱり嫌! あんたと結婚することはない。 あんたみたいな口説き上手な男は、 ナンパしまくって浮気しまくるに決まっているから!」
「ナンパだって?!」 ハリーはその太めの眉をもう一度上げた。 ローラの口から飛び出したその言葉は、耳なじみのあるフレーズだった。
「でもお前は俺と結婚する以外の選択肢はないんじゃないのか。」 ハリーが手に入れた情報によると、今のローラには信頼できる人間が2人しかいない。1人は命を救ってくれたウェンディと、親友と言われているゾーイの2人だけ。 そういえば、親友のゾーイは確か…男か? これからはこのゾーイという男に注意を払っていかない
とね。
だって、男女間で純粋な友情なんて存在するわけないだろう? 少なくともハリーは男女間の純粋な友情を信じてはいない。
「わかったわ。約束してくれたら、契約書にサインするわ。」 ローラは奥歯が砕けそうなくらい強く嚙みしめながら、自分の運命を決める決断をした。