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第13章ローラと謎の男
文字数:4308    |    更新日時: 08/04/2021

「オイ!コラァ! 俺様が誰だか知ってるのか?」 恐怖で仲間の後ろの方に隠れるようにいた成金のボンボンの1人が、自分は副市長の息子だと身分を明かした。

しかし、副市長の息子だと言い終わる前に、マイクの助っ人、ゾーイの助っ人らによる殴り合いが始まった。

夜がすっかり更けた頃だった。

社長のハリーを自宅に送るべく、街灯やネオンが灯る通りを運転手のジョーイは黒いマイバッハを走らせていた。 ハリーの会社の事業展開の1つとして飲食店の経営がある。その事業の1つであるソーホーバーの前を通り過ぎる際、ジョーイはふとその建物に目をやった。

「…あれ? 社長。あそこにとまっているお車ですが…社長のマセラティではないですか? ちょっと目視ですが確認致しますね。 社長、ナンバープレートも社長のマセラティと同じでございますが… お車、盗難に遭われたのでしょうか?」 その車の外見をきちんとハリーに確認させるため、ジョーイは車のスピードを落とした。

「盗難じゃない。妻にあげたんだ。」 ハリーがあまりにもがあっさりとサラリと結婚した事実を口にしたせいで、ジョーイはアクセルとブレーキペダルを 踏み間違えてグインと車が一瞬加速した。 幸いなことに、ジョーイが運転するマイバッハは路肩に寄せていたので、ハリーの身体が大きく動いただけで大事には至らなかった。その後、走行車線に車が戻るといつもの快適な運転に戻った。

「社長…えっと…ご、ご結婚、されたのですか?」 ジョーイは恐る恐る、ボソボソっとした声で尋ねてみた。 なぜ一番ハリーとともに行動しているだろうジョーイが、ボスの結婚という大事なことを知らなかったのだろうか?

「ああ。」 ハリーはまた、サラッとその日のスケジュール確認のように、大した事のないように答えた。 ジョーイは思わず槍でも降ってくるのではないかと運転席から空を見上げた。 ―社長はいつも自分の婚約者を嫌っていたはずだが― ―なぜ密かに結婚したのだろうか?―

「そう言えばジョーイ。あの車、マセラティはどこにいた?」 ハリーはふと何かを感じた。

虫の知らせのような。 ―こんな夜更けに…ローラがまだ外にいるというのか?―

「うちの社のバー、ソーホーバーの外にありました。」

「ジョーイすまない。車があったバーまで戻ってくれ。」

ハリーのひと声で、直進していた黒いマイバッハ車は交差点でUターンをし、ソーホーバーへと向かった。

ジョーイはあえてハリーの妻の車だというマセラティの横に車を停めた。 車から降りたハリーは、マイバッハのリアドアに寄りかかりながらタバコに火をつけた。 さぁ、どうやってローラを探そうか。

ハリーはローラの写真をジョーイに見せ、ある指示をした。

ジョーイが駆け足でソーホーバーへと入っていく。

そしてその2分後、ジョーイが慌ててハリーのもとへ駆け戻ってきた。 「社長!大変です!ト、トイレの前で大勢で殴り合いが! そ、その中に、お、奥様が!! 奥様が男性を殺そうとしています!!!」

「案内しろ!」 息があがっていたジョーイは首を縦にふると、ハリーはタバコを咥えたままジョーイとバーに飛び込んだ。

「やめるんだ!!」 突然、冷静な声がトイレ前の通路に響いた。

バケツで水を浴びせられたかのように、一瞬にして、熱を帯びていた10数名ほどの男性の殴り合いが止まった。

全員がトイレへの通路の入り口に立つ白いシャツを着た男に注目した。

その男はスラックスのポケットに片手を入れ、もう片方の手の指で半分吸ったタバコを挟んでいた。立ち姿はわかったが、通路の明かりは薄暗く、皆、彼の顔までははっきり見えてはいなかった。

しかし、その男はまるでオーラに全身を包まれているようだった。闇の使者のように神秘的かつ冷酷で、見る人を凍りつかせるようなオーラに。 廊下にたむろしていた野次馬たちは無言のまま、その場からスーッと立ち去った。 今まで聞こえてこなかったDJの音楽がよく聞こえてきた。

「お前は誰だ? なぜ俺様らの邪魔をする?」 副市長の息子というボンボンが勇気を振り絞って持って叫んでみたところで、みるからに虚勢を張っていることを晒す結果となっていた。

「ローラ、こっちに来なさい。」 さっきの言葉とは打って変わって、温かみのある声色だった。

ローラはハリーがここに現れたとき、助けが来てホッとした喜びや、なぜハリーがここにいるのかという驚きは感じなかった。反対に少し恐怖を感じていた。 確かに、ローラはトイレに立ったときは完全に酔っぱらっていた。 もしマイクとの思いがけない再会でローラの酔いが少しさめたとすれば、ハリーの登場は彼女を一気にしらふに戻した。

ローラは自然にハリーのもとへと歩いた。 ハリーに1歩1歩1近づけば近づくほど、優しさに包まれるような安心感に満たされていった。 ローラはしおらしくハリーのそばに立っていた。 マイクとゾーイは、天変地異でも起きたかのように目を丸くしてローラを見つめていた。傷の痛みなんてどこかへ飛んでい行ってしまったらしい。

なぜなら、マイクもゾーイも、こんな男性に従順なローラを見たことがなかったからだ。

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