私の吐息を奪って
作者雪田 結梨
ジャンル恋愛
私の吐息を奪って
チャールズの唇にキスをした後、デビーはすぐに身を引き廊下から逃げだし、真っ直ぐに部屋に走って戻った。
「デビー!」 ケイシーはドアを閉めると叫んだ。 「あなたは最高だったわ!」 彼女は誇らしげに言って、デビーの背中を叩いた。 息を切らして逃げ出した後、デビーは安堵のため息をついた。
一方、突然のキスの後、チャールズの表情は暗くなっていた。 彼はしばらくその場に立ったままだったが、501号室の中に少女の姿が消えていくのを見た。 ボディガードに頼んでデビーを部屋から連れ出し海に放り込むように頼もうとしていた時、電話が鳴った。
邪魔されたことにイライラしながら電話に出た。 数秒何かを聞いた後、「わかった、 すぐそこに行く」と電話を切った。 通話終了のボタンを押し、チャールズは501号室をチラッと見た。 怒りを抑えようとスッと息を吸い込んだ。 彼の会社では緊急事態が発生しており、すぐに対応が必要だった。
「今日は見逃してやるよ。 そして、二度と俺と会わないように祈った方がいい。 次俺を挑発したら逃げられないだろうからな」とチャールズは立ち去りながら呟いた。
501号室の中では、デビーは赤くなった頬をこすりながら、恥ずかしさで頬が燃えるように赤くなるのを感じていた。 彼女の人生の中で最も馬鹿げたことだった。 心臓がドキドキして、彼女の頭の中は色んな考えでごちゃごちゃだった。 何てことなの! 初めてのキスだったのに、誰だか分からないなんて!
これは浮気をしたことになるの?
まあ、気にしないわ! 私はすでに離婚届けにサインしたんだから。
それに、チャールズがそれにサインをする気がなくても大丈夫よ。 法的に、2年以上別居している夫婦は、どうせ自動的に離婚したとみなされるんだから。
結婚してから、3年会っていないわ。 だから法的には、もう彼の妻ではないのよ。 それじゃ私が浮気をしたことにはならないわ。
それに、ただのキスだったし...
デビーは周りの存在を忘れていた。
突然、ケイシーは「なんてことなの!」と叫んだ。 クラスメートは皆、突然叫んだ彼女に注目した。
「どうしたの、ケイシー? びっくりさせないでよ!」 ワインを飲もうとしていたクリスティーナ・リンは、ワインをこぼしてしまい、胸を叩いて落ち着こうとした。
興奮したケイシーは、まだまともに考えられないデビーに歩み寄り、肩を揺すった。
「あの男が誰だか知ってるの?」 彼女は聞いた。 デビーが罰ゲームでキスをした相手は、女性なら誰もが夢見る男性だ。 若くてハンサムで、金持ちで権力者で、その上に大きな国際企業まで経営している。 そう、その男性は あの有名なフオ家の御曹司だ。
「さあ、誰かしら?」 デビーはシャンパンのグラスを手にして、一口飲みながら聞いた。
「チャールズ・フオよ!」 ケイシーはデビーの顔を見ながらその名前を叫んだ。 その名前だけで全てのことがわかるはずなので、デビーにはちゃんと聞いてほしいと思った。
ケイシーがチャールズの名前を口にした瞬間、デビーはシャンパンを口から噴き出した。 デビーは、クラスメートの顔にシャンパンがかかったことに気づかず、激しく咳き込んだ。 シャンパンを顔に浴びせられて怒るどころか、ケイシーは呆然としていた。
ジャレドさえ、その名前を聞いてびっくりした。 「チャールズ・ フオ? おてんば娘、お前はもう終わったな」と言った。 ジャレッドはY市にある金融会社の総支配人の息子で、チャールズの名前は雷鳴のように彼の耳に響いた。
チャールズ・フオというおなじみの名前に、クリスティーナ・リンも悲鳴を上げた。 「デビー、あなたはあのチャールズ・フオにキスをしたのよ。 あのチャールズ・フオ! ああ。 間接的に彼とキスするようなものだから、キスさせて!」とからかった。
だが、クリスティーナのふざけた話はまったくデビーの耳に入らなかった。デビーはティッシュを手に取り、ケイシーの顔を拭こうとしたが、あまりにもショックで謝ることができなかった。
すると、クリスティーナはデビーにキスをしようと前に出てきたら、
デビーは何かを思い出したようで、急に立ち上がった。 「ケイシー、私が廊下にいたときに私の名前を呼んだ?」 とデビーは聞いた。 彼女はある考えに身震いした。 「最悪よ! もしチャールズ・フオが私の名前を覚えているとしたら、どうしよう?」とデビーは考えた。
びしょびしょなケイシーは、顔を拭こうとティッシュを取り「ええ、呼んだわ」と怒ったような声で答えた。 「それだけで興奮しているの? ええ、チャールズ・フオとのキスはスリル満点だっただろうね。 でもあなた、大げさよ?」 とデビーを静かに罵倒した。
何てことなの! 私の顔! そして私の髪! 至る所にシャンパンがかかったわ!とケイシーは思った。 デビーは、謝罪と同時にケイシーの腕を慰めるように撫で、「あなたたち、楽しんでちょうだいね。 私は今すぐ行かなきゃならないの」と突然言った。
その言葉を口にするや否や、誕生日の主役は慌てて出ていった。 誰もが呆然とした表情で彼女の後ろ姿を見ていた。
彼女の友達はみんな同じことを考えていた。 彼女は追いかけるつもりだろうか? チャールズ・フオを? 正気を失っているのか! 皆、チャールズを狙っている女性が大勢いることを知っている。 そして、このような女性を追い払うために、チャールズは彼の部下に彼女らの服を脱がして路上に放り出すように頼んでいたらしい。 デビーもそんな目に遭うかもしれないので、デビーがチャールズのところに行くのを止めようと、みんな同じ考えだった。
彼女の友達は、デビーの計画を阻止しようと、部屋から飛び出した。
しかし、デビーはどこにもいなかった。
デビーはバーを出るとすぐにタクシーを呼び、運転手に滞在先の別荘に連れて行くと指示した。
チャールズは私だと気付かず、今夜は別荘に来ないように。 そうでなければ、離婚を頼んだことを後悔して、彼の気を引くためにキスをした、と思われてしまう。
シートの背もたれにもたれて、デビーは起きた事について考え続けた。
3年前に婚姻届にサインした後、チャールズはフィリップに彼女の食事や衣類、必要なものは何でも与えるように命じた。
しかし、デビーは結婚した男を一度も見たことがなかった。
彼は仕事が忙しく、海外での仕事に時間を割いていた。
また、Y市にいた時でさえも、チャールズは別の別荘に泊まっていた。 彼とデビーはまるで月と鼈で、同じくY市にいたって会う機会は滅多にない。 その結果、この3年間、彼らは一度も会ったことがなかったのだ。
婚姻届については、デビーの父親がまだ生きていた間、ずっと持っていた。 しかし、死ぬ直前、デビーが夫と離婚することを恐れてチャールズに渡した。
デビーがチャールズの顔を知ったのは、今になってからだ。
立ち上がった彼女は、ふと何かを思い出し、額を叩いた。 ああ、一度彼に会ったのを思い出したわ、とデビーは思った。 デビーは彼のオフィスに何度か遊びに行ったことがある。 しかし、毎回、彼女を出迎えたのはチャールズの助手で、夫の姿を見る機会は一切なかった。 最後に会社に行った時、デビーは名を名乗らなかったので、警備員は彼女が建物に入るのを認めなかった。 その時、チャールズは海外出張から帰ってきたばかりだった。 そして、外に立っているとき、遠くで夫が車から降りるのを見ていた。
残念なことに、遠すぎて彼のことをよく見ることができなかった。 しかも、それはもうずっと前のことだった。 それに、チャールズの名前を知っているとしても、インターネット上で彼の写真を見つけることが不可能だ。 彼は非常に秘密主義者で、メディアのインタビューにも応じず、自分の写真をネットに投稿することも一切許さない。
一度だけ、チャールズの写真が公開されたことがあった。 その写真では、チャールズが女優の手を握っていたそうだ。 しかし、デビーがそれを見る前に、写真は既に削除されてしまった。
でもついさっき、彼女は夫の顔を見たのだ。
さらに、チャールズにキスをした! 彼が離婚届にサインしていれば、厳密には彼は彼女の元夫ということになる。
チャールズは、社交界では女性は余るほどいることで知られているが、率先して自分に近づいてくるような女を嫌うと言う。
それはデビーが動揺するもう一つの理由だった。 なんて事を! 私は終わりだわ。 彼は私だと気付かないようにと彼女は静かに祈り続けた。
別荘に到着した彼女は、灯りが点いていないことに気付き、深い安堵のため息をついた。
「たぶん、彼はケイシーが私の名前を呼んだのが聞こえなかったから、私の身分に気づかなかったのかもしれない。 神様ありがとう!」 デビーはつぶやいた。
彼女はまだ赤いままの顔を叩き、リビングルームのソファに横になり、今夜起きた出来事をすべて顧みていた。 「彼は私だと気づいたなら、間違いなく私を嫌うだろう。 でも、多分、それは良いことよ。 それで彼はためらうことなく離婚届けにサインするわ」と彼女はつぶやいた。
デビーは、Y市立大学経済経営学部ファイナンス学科22クラスの学生だ。
彼女のクラスには50人以上の学生が在籍していた。 40人は大学入試に合格し、残りは裏口入学だった。
Y市立大学は、地元の大学のトップ3に入っている。 チャールズもこの学校を卒業していた。 そのため、この大学に入学したい人はたくさんいる。 デビーは裏口入学した一人だった。
マルク・ドゥ教授は、教室の前の壇上に立っていた。 彼は眼鏡を鼻に押し上げて深呼吸をしながら、大半の学生の眠そうな顔を見つめていた。
突然、大きな音がした! 教授が机の上に本を投げたのだ。 その音で多くの学生は目を覚まし、すぐにきちんと座った。
しかし、最後列に座り、白のコートを着た少女は、まだ机の上で眠っていた。
マーク・ドゥは怒りに震えて「デビー・ニアン!」と叫んだ。 白髪混じりの髪で年をとったに見えるが、声は相変わらず大きかった。 沈黙中、ピンと落ちる音が聞こえた。
しかし、まだ熟睡しているデビーには、騒音も沈黙も何も関係なかった。 まだ夢の中にいる彼女を、皆が見つめていた。