私の吐息を奪って
作者雪田 結梨
ジャンル恋愛
私の吐息を奪って
エメットは一生懸命思考を巡らしたが、どうしても答えが出てこなくて、そのままぼんやりとしていた。
1分ほど経過した後、チャールズはエメットがまだ命令に従っていないのに気がついた。 それは、まるでチャールズには「忍耐」という言葉が存在しないようだった。 チャールズはいらいらとエメットの方に厳しい視線を投げかけた。 「お前、そんな簡単な仕事さえできないのか?」 と、チャールズは不機嫌に言った。
「い、いや、その...... 旦那様...... 実は......」 エメットはどう言ったらいいのか分からなくて言葉を濁した。 「実は、その方は……」
エメットが何を言おうとしているのかを察知したデビーは、チャールズに自分の身分を知らせたくないと暗示し、エメットにウインクした。
しかし、その暗示はチャールズの目には、まるでエメットに媚びを売っているように映った。 へえ、あいつ、エメットともあんな関係か、とチャールズは内心で嘲笑った。 そして、チャールズはエメットの方に視線を移し、警告に満ちた口調で厳かにこう言った。 「エメット、女は外見だけじゃダメだぞ。 一見天使のように見えても、内面には悪意に満ちた悪魔が潜んでいるかもしれない。 もし俺はそんな人だったら、恥ずかしくて自らこのビルから飛び降りるんだろう」
その発言により、エメットの頭の中は混乱を極めていた。
「なぜフオ旦那様は あの少女にそんなに恨みを抱くのですか?」 「なぜ旦那様は公の場で彼女に敵意を持った発言をするのか?」とエメットは頭の中で自問自答していた。 エメットが知っている限り、チャールズは女性との揉め事に対していつもなるべく避けようとしている。
チャールズの悪口は誰に対してだったのか分かっていた。 チャールズは店でこんな若い小娘に悪言を吐くなんて、実にエメットの予想をこえた事態だ
チャールズの行動に呆れたのはエメットだけではなく、デビーも同様だ。昨日まで、あんな無礼な口ぶりでデビーに話す度胸がある人は一人もなかった。 今日は絶対にただですんじゃいけない! デビーの頭に血が上った。 「あら、これはこれは、チャールズ・フオじゃないか? なんで子供みたいに振る舞うの? あのキスは単なる事故だったのよ」とデビーは嘲笑うように唾を吐いた。 そして、一歩近づいて、「あなたは私を一度追い出したのに、また追い出すつもりね。 また。 どうしてここはあなたのものだと言うように振る舞っているの? 自分を誰だと思っている?」とデビーは続けた。
あのキスが事故ということは本当だ。 が、事故とは言え、その事故でデビーはファーストキスを失ってしまったのも動かない事実だ。 確かに、チャールズはデビーの夫だけど、 それがどうした? デビーは全く気にしていなかった。 ファーストキスのような大切なものを失ったことに、デビーは激怒した。 ケイシーの言った通り、デビーも女の子だ。こういう細かいことを気にするのだ。
突然、クリスティーナとジャレドはデビーの袖を引っ張って、それ以上話さないようと暗示した。 「おい、落ち着けって、おてんば娘。 落ち着いて。 あのフオは 権力者だぞ。 彼に手を出すべきじゃない」とジャレドはデビーの耳元でささやいた。