私の吐息を奪って
「デビー! デビー!」 居眠りをしているデビーに、隣りのクリスティーナは優しい声で呼びかけ続けた。 起きるのが嫌なデビーは、袖を常に引っ張られているのを感じた。 しかし、それを無視すればするほど、呼びかける声と引っ張る力は強くなっていった。 その結果、デビーは諦めて、やっと目を覚ました。
まだ完全に眠気を覚ましていないデビーは不機嫌そうにクリスティーナの方に振り向いた。 「クリスティーナ、私を起こした理由はちゃんとあるのよね......」
クリスティーナはあるところを指差した。 デビーはクリスティーナの指差したところを目で追うと、それは壇上で激昂しているマルクだった。
マルクのその顔を見ただけで、デビーは氷のように冷たい水を顔にかけられたように感じた。 「ヤバッ!」 デビーは気を取り直して、激しく首を振って正座した。
前に立っているマルクは、大学の中でも特に頭の固い教授の一人として知られている。 デビーはカバンの中から教科書を取り出し、適当なページを開き、自分を笑っている人たちに冷たい視線を送った。
すると、あの人たちは、何が起こったのかわからないふりをして、すぐ壇上に注目した。 状況が収まったので、マルク教授は授業を再開した。
「うわー、教授はすごく怒っているように見えるわ......」とデビーは後悔しながら頭を抱えた。 「私は絶対に彼の試験に失敗しちゃうよ」
教室にいる学生たちは、誰一人もデビーをバカにしようとはしなかった。 デビーの身分も背景も一切不明ということを、教室の学生たちだけでなく、大学中の全員が知っている。
その上、デビーは常に他人と喧嘩したり、酒に溺れて授業を休んだりなどして、実に荒れる学生だ。 要するに、大学生らしいことを、デビーは一つもやったことがない。
Y市立大学では、学生手帳に「髪の毛を染めたり、マニュキュアを塗ったり、派手な宝石を身につけてキャンパスに来ることは禁止」と記載されている。
しかし、デビーはそれを無視し、髪を淡い紫色に染め、爪に真っ赤なマニュキュアを塗った。 大学の教授たちは皆デビーの背景を恐れているため、誰も彼女を𠮟る度胸がない。
出身と背景のおかげで、デビーは退学処分を気にせずに、大学でやりたいことを思う存分やることができる。 だが、今回マルクはデビーを簡単に見逃すつもりがない。
「デビー・ニアン」マルクは冷たく呼び「金融とは何か説明しなさい」と言った。 マルク教授も当然デビーの背景をよく知っている。 チャールズの助手――エメット・ジョンは大学では、マルクの仕事の関係者の一人だ。 それに、チャールズ本人もマルクの元生徒だ。 だが、責任感が強い教授として、マルクは学生、特にデビーの悪癖を正さなければいけないと考える。
本を読んでいるふりをして、デビーは前の席を蹴った。 彼女の向かいに座っているのは、クラスの模範生、成績がいつもA以上のディクソン・シュウだ。
それを合図に、ディクソン・シュウはデビーの言いたいことを理解し、すぐに答えが書かれているところまでページをめくり、彼女が見えるように左にスライドさせた。
答えをみたデビーの横顔には、満足げな笑顔が刻まれた。 その時、多くの人々がこっそりとデビーに目を向け、誰もが彼女の美しさを心の中で称賛した。
白い肌、丸くて無垢な目、形が美しい鼻、柔らかくて赤い唇、女の子なら誰もが憧れるような顔立ちだ。
実際上、今日デビーはスッピンで化粧を全くしていなかった。しかし、横顔はそれでも優美だ。 しかも、顔だけでなく、デビーは太すぎも瘦せすぎもなく、スタイルも満点といえる。
学業成績さえ良ければ、デビーはとっくにY市立大学の第一美女になったんだろう。
「よし、ここから読めばいいのね」とデビーは立ち上がり、瞬きをしながらディクソン・シュウの本を読み始めた。 「金融とは、2つの関連する活動を説明する用語です。お金の管理方法の研究と......」
マルクはデビーのカンニングを見抜き、激怒した。 「十分だ!」 マルクの声が部屋中に響き渡り、クラス全員が怯えた。
学生たちは、教授が必死に怒りを抑えているのがわかった。
誰もが怯えて少しも動けなくなったこの時点、デビーはマルクに笑顔を見せて「ドウ教授、私の答えは間違っていますか?」と聞いた。
それを聞いてマルクは怒りで顔を真っ赤にした。デビーは自分のしたことを後悔し、許しを請い始めた。 「ドゥ教授、怒らないでください。 授業が終わる前までに、その答えを暗記します!」 と、デビーは約束した。 デビーは、チャールズがマルクの元生徒であることを知っているので、他の学生たちほどにマルクを怖がらないが、やはり暴れすぎない方がいいと考えた。
デビーの言葉を聞いて、落ち着いたマルクの顔の赤みが消え始めた。 マルクに言わせれば、デビーは実は賢い子だ。 彼女が勉強に専念すれば、楽にA判定を取る生徒になれる、と、マルクはずっと思っている。 しかし、だからこそ、デビーの横暴な行動をこれ以上許してはいけない。 「勉強が好きではない? いいだろう! 君が多くの試験に失敗した? それもいいだろう!」 と、マルクはデビーを睨みつけた。
「でも、私のクラスでは落第は許されないぞ!」 マルクはデビーに怒鳴った。
「また私の授業で寝るようなことがあったら、ジャレド・ハン、クリスティーナ・リン、ケイシー・ゼン、君たち三人は旗の下に立ってろ!」 とマルクはそう宣言した。 「わかったか! ?」 名前を挙げられた三人は、教授の発言に戸惑い、うめき声をあげた。
「なぜデビーがミスをしたのに、私たちは苦しまないといけないの......」と三人全員が思った。
マルクがこの決断をした理由は、デビーは友達に忠実な人だからだ。 自分の利益のために他人を傷つけようとするなんて、デビーにはできない。 それは、マルクが見い出したデビーの長所だ。
デビーは マルク教授を睨みつけ、 心の奥底で 教授のことを呪った。
またすぐ頭を上げて、「わかりました、ドウ教授。 これからは絶対教授の授業で居眠りなんかしません」とデビーは自信満々に答えた 言い終わると、デビーは自分の席に腰を下ろし、ペンを手に取り、ノートに適当に書き始めた。 マルクは、デビーがメモを取っていると思い、満足そうな表情を浮かべた。しかし、実際には落書きをしているだけだった。
ベルが鳴ると、マルクは最後の言葉を残し教材をまとめ、教室を出て行った。
マルクが教室を出た瞬間、デビーの周りに数人が集まった。
皆は教授への不満を言い始めた。
「おい、おてんば娘。 ドウ教授の話聞いたんだろう。何とかしてくれないかい?」 ジャレドが聞いた。 不満そうな表情がジャレドの顔に表れた。 一体なぜ自分たちはデビーの代わりに罰をうけなきゃいけないんだ? ドウ教授は変わった男だとジャレドは思った。
身長210センチのジャレドは、大学一背が高い学生だ。 それに加え、ジャレドはデビーの親しい友人の一人で、人情深い男だ。
「デビー、二度とドウ教授の授業で寝ないでね......」クリスティーナはデビーの腕をがっしり掴み、可愛らしく泣き言を言った。 「お願いよ......」デビーのもう一人の友人であるクリスティーナは小柄で、長くカールした髪型から魅力がにじみ出てくる。
「デビー、私は3301号室の美人担当だよ、そんな風に顔を晒すわけにはいかないのよ、ね?」 寮で一番の美少女だと自画自賛するケイシーが言った。
今、デビーは離婚問題やチャールズとのキスなど、いろんなこと精神的に落ち込んでいる。 デビーは周りの騒音に苛立たち始めた。 彼女は本を手にして机に叩きつけると、本が机にぶつかる音が部屋中に響き渡り、全員が静まり返った。
その部屋にいた全員が、振り返ればデビーの視線で凍りついてしまうと思った。 全員、口を閉じた。
緊張感が高まっているのを感じ、その緊張感を和らげようと、ケイシーは声を上げた。 「ねえ、今思い出したんだけど。 今日、シャイニングインターナショナルプラザで盛大なプロモーションがあるの! みんな来ない?」
立ち上がってケイシーの方に向かい、デビーは満面の笑みで「行く行く!」と言った。 多分、デビーはずっと欲しがっている口紅があるから行くだろうね......と、ケイシーは忖度しながら、ふざけているように白目を剥いた。
親友として、ケイシーとデビーはお互いのことをよく知っている。
そういえば、デビーはいつも酒を飲んだり喧嘩したりしているのに、口紅に興味を持つなんて、結構意外だ。 それに、普段デビーはカジュアルな服装をしていて、ファッションについてはあまり気にしない。 口紅を集めるということだけに、誰でも止められないほど執着がある。
そう決めた後、デビーたち全員が集まり、シャイニングインターナショナルプラザに到着した。
広場の中では、 独特なデザインで言いようのないファッション感が溢れている。
シャイニングインターナショナルプラザは、北斗七星座にちなんで、7つの建物で構成されている。
建物の名前は、ダブへ、メラク、フェクダ、メグレス、アリオス、ミザール、アカイドという7つだ。
各建物のてっぺんにはライトがあり、夜になるとそのライトが点灯し、パノラマ地図を持っていると北斗七星座になることがわかる。 それは、実に息をのむような光景だ。
全国一番有名な照明デザイナーは、ダイヤモンドがちりばめられた空をイメージしてこのデザインを作った。この広場を歩くと、まるで星の海を歩いているかのような感覚だ。 北斗七星とユニークなコンセプトに包まれたこの広場が、多くの人に気にいられるのは当然のことだ。 特に若い恋人たちの中には、この広場は星空を間近に眺めるデート名所として人気がある。