替え玉の花嫁
黒のスーツが彼の力強い体を強調させた。 彼の強烈な色白で彫りの深い顔が、彼女の目を釘付けにした。
「俺を見つめるのをやめてくれないか? 座って朝食を食べたらどうだ」 チャールズは彼女を見もせずに言った。
オータムは心の中を見透かされているようで恥ずかしかった。 彼女はそっと彼の左側に座った。
豪華な朝食だったが、彼女はお粥一杯で満腹になった。 器とスプーンを置いた時、チャールズに見られていることに気づいた。 「どうしてもっと寝てないんだ? そんなに早く起きる必要はないだろう」と彼が話しかけた。
「いいえ、十分寝たわ」 オータムは首を振った。 彼女はチャールズの態度が昨日と違うことに気づいた。 彼はまだよそよそしかったが、礼儀正しかったので、 彼女も礼儀正しく彼と話すことにした。 「それに、私、3日間の休暇しかもらわなかったから、 もう仕事に戻らないと」
「仕事?」 チャールズは混乱した。 彼はこの無知な女性が仕事をしているなど思っても見なかった。それに、彼女を調べに行かせた部下からは何も聞いていなかった。
「ええ、仕事よ!」 オータムは時計を見て言った、 「遅刻するわ、すぐ行かないと」
「待って」 チャールズは立ち上がってスーツのボタンを留めた。 「俺も仕事に行く。 俺たちは一緒の方向に行くのだから 仕事場まで乗せて行ってやるよ」
同じ方向? 彼は彼女がどこで働いているのを知らないはずだが、 どうやって送っていくのかしら?
彼女は不安を感じていたが、彼は送っていくと諦めなかった。 車に乗った後、彼女は住所を渡した。 そして、少し休むため座席に寄りかかった。
チャールズは何も言わなかったが、彼の中ではたくさんのことが渦巻いていた。
オータムが渡した住所はY市にある広告関係の有名企業だった。 中小企業だが、有望な会社だ。
彼の知る限りでは、この会社はグー家と何の関わりもないはずだし、 なぜ無学無知のイボンヌがここで働いているのか謎だった。
偶然にも彼の会社はこの会社と協同していたのだ。 彼は彼女が何をしたいのか知りたかった。
オータムは会社に着く直前に「目を覚ました」 そして、通りの角で止めるよう言った。
リムジンから降りるところを同僚にでも見られたら、何が起こるか予想できるからだ。
チャールズは何も聞かず、言われた通りに車を止めた。 彼女は気分良さげに車を降りてオフィスビルに駆け込む前に彼に手を振った。
チャールズにとって、誰かが楽しそうに仕事に行くのを見るのは初めてのことだった。
3日間の休暇のせいで少しだらけ気味だった。 彼女はクラウド広告会社のドアの前で自分に喝を入れた。
彼女は今、ルー夫人となったが、 仕事は一生懸命するつもりだった。 彼女の人生がどう変わろうとも、仕事だけは諦めないと心に決めていたからだ。 この仕事だけが彼女の唯一の収入源だから。 それに、祖母の医療費を払わなくてはならない。
「イェ、やっと帰ってきたのね!」 マネージャーのライアン・チョウは、彼女が入ってくるなり声をかけた。 3年前、オータムはただのアシスタントだったが、今ではこの会社の最も優秀な広告プランナーだ。
彼女はあまり学歴が高くなく、素直でもなかった。 しかし、彼女は間違いなくライアンの有能なアシスタントだった。
オータムは目の前のこの男を見て驚いた。 彼は何日も剃られてない無精髭で覆われていたのだ。 3日しか不在にしなかったのに、彼女が長い事居なかったような様子で、 彼は酷く疲れていた。
ライアンは彼女を抱きしめ、「イェ、これ助けてくれないか」と懇願した。
彼の辻褄の合わない言い方を聞き、大きなプレジェクトを抱え込んでいるだと知った。 会社一体となり作業し、5回も見直しをしたのにも関わらず、クライアントを満足させることが出来ないでおり、 社内の皆が苛立っていたが、ライアンはそれ以上だった。
彼の会社はかなり前に設立された。 しかし、彼が失敗したのはこれが初めての経験だった。
「このクライアントは誰ですか?」 オータムは眉をひそめた。
「他に誰がいると思う? シャイニングカンパニーだよ…」 ライアンはため息をついて続けた。 「来月8日に会社設立記念日のお祝いがあるんだけど、この会社のワインパーティーを企画してるんだ」
「シャイニングカンパニー?」 チャールズの会社じゃなかったかしら?
「ワインパーティーにしろって言われたんですか?」 オータムは聞いた。
ほとんどの企業がこうやって記念日を祝っている。 一つ目は、それが習慣となっていること。 そして二つ目は会社の為に惜しみなく働いてくれた従業員へ豪勢な食事をご馳走するためだ。 しかし彼女は、スーツを着たチャールズがスタッフ達と次々乾杯しているところを想像できなかった。
だから聞いたのだ。
「おや、まぁ。 そうじゃない」 ライアンは注意深く思い返した。 シャイニングカンパニーはお祝いのプランの依頼をしてきたが、ワインパーティーとは言っていなかった。
「よし、会社の書類を渡してください。 やってみます」 ライアンは数え切れないくらいの礼を言った。 この最優秀なプランナーまで相手を満足させないのなら、彼は間違いなく賠償しなければならないだろう。
それ故、初日からこの宴会の件でオータムは忙しくしていた。 忙しすぎて昼食を取るのも忘れたくらいだ。 ウェンディからの電話により、彼女はそのことに気づいた。
しかし、ウェンディの連絡は心配というより、むしろ借金の催促のようだった。
「オータム、昼食は済ませたの?」 ウェンディは心配している母親のふりをしていた。
もし昨日、自分がチャールズとの結婚を無理強いしていなかったら、きっと彼女の親切に対して感心したと思うが、 今となっては…
オータムはウェンディへの愛情と尊敬を無くしていた。
「何かあったら言って。 今、 仕事で忙しいの」
「何ですって?」 ウェンディが「結婚式の翌日に仕事に行くって?」と叫んだ。
「だから何?」 オータムは冷かに笑った。 「チャールズが私にお金をくれるとでも思うの?」
「彼がそうするのは当たり前でしょ、あなたは彼の妻なのよ」 ウェンディがそう呟いた。 しかし、オータムはそんなナンセンスな言葉を聞いている時間はなかったので、 ウェンディの言葉を遮った。 「私にどうして欲しいの? 言わなければ切るからね」
「待って、待って、切らないで…」 ウェンディが止めようとした。 正直、ウェンディはオータムの事など気にしていなかった。 彼女が知りたかったのは、チャールズとの約束がどうなっているかということだ。 「オータム、あなたはもう彼と結婚したのよ。私の義理の息子に約束はどうなっているのか聞いて。 いつ約束を果たすの? あなたの祖母は… 次の段階の医療費が支払われるのを待っているのよ」
オータムは先が白くなるほど指を握りしめた。 彼女はウェンディと衝突することなく、感情をコントロールしようとした。 「安心しろ。私、約束は守るから。 でも、もし祖母に何かあったら、あなたを破滅させるから。 覚えておいて」
ウェンディが彼女の機嫌を取るような声で、 「彼女のことは心配しないで。 彼女は私の義理の母でもあったし…」と言った。
オータムは手短に会話を終わらせた。
家族の絆が良くなれば、と夢見たこともあったが、今では何も望んでいなかった。